
延命治療という言葉は、一般に「何らかの治療行為を行わなければ死に至るはずのものを、生きながらえさせるための治療」という意味で使われる。それは人工呼吸器や補助循環に止まらず、終末期には輸液管理や栄養管理が含まれることも多い。【1】 本人が希望する終末期ケアを受けるためには、事前に意思表示をしておくことが前提になる。
厚生労働省『平成29年度 人生の最終段階における医療に関する意識調査結果』【2】によれば、「人生の最終段階における医療について家族と話し合いをしたことがある割合」は一般国民で42.2%、実際に「事前指示書」を作成している一般国民は3.2%にとどまる。これでは、希望する終末期ケアを受けることは難しい。
患者が希望しない延命治療
厚生労働省が2014年にまとめた『人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書』は、疾病別の延命治療の希望割合を示している。(図1)【3】
末期がんでは、食事や呼吸が不自由であるが、痛みはなく、意識や判断力が正常な場合、点滴を希望する割合は61.1%、中心静脈栄養は18.8%、経鼻栄養は12.7%、人工呼吸器は11.1%、胃瘻は7.9%だった。重度の心臓病では、身の回りの手助けが必要であるが、意識や判断力が正常な場合、点滴を希望する割合は58.6%、中心静脈栄養は18.7%、経鼻栄養は13.1%、人工呼吸器は10.7%、胃瘻は7.6%だった。
認知症末期で衰弱がかなり進んだ場合、点滴を希望する割合は46.8%、中心静脈栄養は13.6%、経鼻栄養は10.1%、人工呼吸器は8.7%、胃瘻は5.8%だった。いずれの場合も胃瘻を希望する割合が最も低かった。
胃瘻造設、9割は寝たきり状態
胃瘻は、口から栄養を摂取できない高齢者に対して最も普及した延命措置とされている。これは、消化器から栄養を摂取する経腸栄養法であり、手術で胃に穴を開けて直接管を取り付け、流動食を入れる処置である。19世紀に開腹手術による胃瘻造設が初めて行われ、1979年、米国で胃内視鏡による胃瘻造設の手法が開発された。【4】日本では認知症の経口摂取不能者に胃瘻造設が広がり、2000年以降、急速に普及している。【5】
全日本病院協会によれば、病院や施設の入所者全体に占める胃瘻造設者の割合は、急性期病院が7.2%、慢性期病院が29.6%、ケアミックス病院が21.1%、介護老人福祉施設が9%、介護老人保健施設が7%、介護療養型老人保健施設が28%だった。訪問看護ステーション利用者に占める胃瘻造設者の割合は10%であり、全国の胃瘻造設者数は約26 万人と推計される。【6】胃瘻造設者の9割は寝たきり状態にあり、胃瘻を造設することは本人の意思を反映していない可能性があることも明らかになった。【6】
一方、厚生労働省から補助金を受けた研究班が2005 年以降、胃瘻を造設した65 歳以上の高齢患者931 人(平均年齢81.4 歳)を2010 年まで追跡調査したところ、1 年以内の死亡率が30% 以下、3 年以上の生存率は35% 以上となり、胃瘻造設には大きな延命効果があることが分かった。【7】
認知症が進行すれば、食べ物を認識できなくなり、食べ方もわからなくなる。そのような状態の患者に胃瘻を造設すれば、ほとんどの場合、膀胱留置カテーテルを入れて、おむつをつけた状態で余生を過ごすことになる。人がどのような終末期を過ごすかは人生観の問題でもある。一概には言えないが、このような状況で延命を希望する人は必ずしも多くないのではないか。
胃瘻造設は、2014年度の診療報酬改訂で診療報酬が10万700円から6万700円に減額されたこと【8】や厚生労働省や日本老年医学会が終末期医療のガイドラインを示したこともあり【9】【10】【11】、新規の胃瘻造設には歯止めがかかってきた。しかしながら、胃瘻造設にとどまらず、中心静脈栄養や経鼻栄養、人工呼吸器による延命治療の諾否を多くの人が決定できるという状況にはまだ程遠い。
事前指示書、延命治療中止も可能
希望する終末期ケアを受ける最良の方法は、「事前指示書」を作成しておくことである。「事前指示書」は、精神状態が健全な時に家族や医療者にどのような終末期ケアを希望するのか、事前に意思表示するものである。本人が延命治療を希望しない旨の「事前指示書」を作成していれば、病気が不治であり回復不可能となった場合、延命治療を中止し、苦痛緩和の医療と介護で自然な看取りが可能になる。
仮に、自然な看取りを希望するのであれば、「事前指示書」に「食事や水分を口から十分摂取できなくなった時は、口から食べることを大切にした自然な看取りをしてください」といった記載をしておけば、病院や施設が中心静脈栄養や経鼻栄養などの延命を目的とした栄養補給を行う必要もなくなるだろう。
QOL(Quality of Life)のLifeには、「命」「生活」「人生」という意味がある。「人生」とは、「誕生」から「死」までの期間である。Quality of Lifeは、本人が決めるものであって他人が決めるものではないはずだ。だからこそ、「自分の終末期ケアのあり方を自分で決めること」が重要になる。
現在、少なくない高齢者が希望しない延命治療を受けている背景には、終末期を医療機関で過ごしていることと関係がある。それは、社会保障費が増える要因にもなっている。高齢者が終末期を過ごす場所を、医療機関に限らず、介護施設や高齢者住宅に広げていく施策も必要だろう。
ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。
【1】日本学術会議 臨床医学会終末期医療分科会『終末期医療のあり方について -亜急性型の終末期ついて-』(2008年)
【2】厚生労働省『平成29年度 人生の最終段階における医療に関する意識調査結果』(2018年)
【3】厚生労働省 終末期医療に関する意識調査等検討会『人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書』(2014年)
【4】Gauderer MW, Ponsky JL, Izant RJ Jr, et al.: Gastrostomy without laparotomy: A percutaneous endoscopic technique.JPediatrSurg1980;15:872―875.
【5】会田素子『胃ろうの適応と臨床倫理――一人ひとりの最善を探る意思決定のために一』(日老医誌49:130-139,2012)
【6】社団法人 全日本病院協会『胃瘻造設高齢者の実態把握及び介護施設・住宅における管理等のあり方の調査研究』(2011年)
【7】鈴木裕『認知症患者の胃瘻ガイドラインの作成―原疾患、重症度別の適応・不適応、見直し、中止に関する調査研究報告書』(2011年)
【8】Maeda T, Babazono A, Nishi T, Yasui M, Harano Y, Investigation of the existence of supplier-induced demand in use of gastrostomy among older adults: a retrospective cohort study, Medicine, 2016 Feb;95(5):e2519.
【9】厚生労働省『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』(2007年)
【10】厚生労働省『人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン』(2018年)
【11】飯島節『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン~人工的水分・栄養補給の導入を中心として~』(日本内科学会雑誌、105:2386~2391,2016)
(写真:AFP/アフロ)
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