
診療報酬は、医療機関が行った医療行為の対価として国民健康保険や健康保険組合、協会けんぽが支払う公的価格である。医療保険が適用される医療行為はすべて点数されており、保険点数を1点10円に換算して医療機関に支払われる。医療行為に公的価格を設定する診療報酬制度は、国民に安価な医療サービスを提供する国民皆保険制度の根幹をなすものである。
診療報酬改定はおおむね2年おきに実施されている。まず厚生労働省が「医療経済実態調査・薬価調査」を実施し、内閣が診療報酬全体の改定率を決定する。この改定率を前提に、厚生労働相の諮問機関である社会保障審議会の医療保険部会と医療部会が診療報酬改定の基本方針を決め、中央社会保険医療協議会が個別の診療報酬を答申する。
中央社会保険医療協議会は、健康保険組合や国民健康保険など診療報酬を支払う側を代表する委員7人、医師・歯科医師・薬剤師など診療報酬を受け取る側を代表する委員7人、学識経験者など中立委員6人の合計20人で構成される。診療報酬を支払う側と支払いを受ける側では利害が異なり、中立委員の意見を参考に合意するのである。
診療報酬の改定には、おおむね2年おきに実施する定期的な改定のほかに、定期的な改定の間に臨時に実施する随時改定がある。最近では歯科医療に使用されている金銀パラジウム合金の材料費が著しく高騰していることを受けて、随時改定で診療報酬の引き上げがなされている。
診療報酬は、基本診療料と特掲診療料に大別できる。基本診療料には、外来の初診料、再診料、入院基本料、特定入院料、短期滞在手術基本料がある。一方、特掲診療料は医療行為を実施するごとに請求する医学管理、在宅医療、検査、画像診断、投薬、注射、リハビリテーション、精神科専門療法、処置、手術、麻酔、放射線治療、病理診断の診療料がある。
診療報酬には、保険診療にかかった費用の対価を健康保険組合や国民健康保険から医療機関が受け取るだけでなく、日本の医療をあるべき姿に導く政策的な役割もある。①必要な医療行為を安価な公的医療保険の対象にする②医療サービスの需要と供給が合致するよう医療政策を誘導する③医療の質を改善する④国民医療費をコントロールするーーという4つの役割である。
高額ながん治療薬も公的医療保険の対象になれば、比較的安価に利用できるようになるし、高齢化で需要が増えた在宅医療の診療報酬を高くすれば在宅医療サービスの提供を増やすことができる。適切な診療過程、良好な診療結果に加算を付ければ、医療の質を改善することもできるのである。
一方、改定率の上げ下げにより国民医療費をコントロールするのも診療報酬の役割であるが、はたして国民医療費はコントロールできているといえるのだろうか。2006年から2020年までの診療報酬の全体改定率を図1、国民医療費の総額を図2に示した。【2】 診療報酬の全体改定率はおおむねマイナスで推移しているが、国民医療費は毎年、約1兆円ずつ増加している。【3】
2018年度の診療報酬改定をみると、診療報酬の全体改定率はマイナス1.19%だった。続く20年度の診療報酬改定でも全体改定率はマイナス0.46%になっている。【1】 診療報酬の全体改定率がマイナスにもかかわらず、国民医療費が1兆円近く増加するというギャップはどうして生まれているのだろうか。この理由は、診療報酬改定の計算方法にある
診療報酬の改定率は、診療報酬を改定した後の診療報酬単価に過去1年間の請求件数を掛算した数値を、改訂前の診療報酬単価に過去1年間の請求件数を掛算した数値で割り算し、求めた数値から1を差し引いた数字である。読者の理解を助けるため、図3では診療報酬項目が5項目しかない場合を設定し、診療報酬の改定率の計算方法を示した。
現行の診療報酬改定では、診療報酬の改定に伴い、「単価が上がり、請求件数が増える」「単価が下がり、請求件数が減少する」といった価格変動が需要と供給に及ぼす市場原理が反映されていない。また、新薬承認のように新しい診療報酬項目ができればその分、医療費は増えるはずだが、そうした医療費の増加も診療報酬の改定率に反映していない。
筆者は、【1】診療報酬改定による請求件数の増減を推計し、【2】新しい診療報酬項目の追加による費用の増加も勘案して、診療報酬の改定率を計算することを提案したい。診療報酬の改定前と改定後の患者の受診状況や医療機関の診療状況のフィードバックを受ければ、より精緻な医療費のコントロールも可能になるだろう。
ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。



【1】諮問書(令和2年度診療報酬改定について)厚生労働省発保0115 第1号 2020年1月15日
【2】日経ヘルスケア(2020年1月)
【3】厚生労働省『国民医療費の概況』
(写真:AFP/アフロ)
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