
新型コロナウイルス感染者は日増しに増えており、日本でも医療崩壊が懸念されている。医療崩壊とは、患者数が医療機関のキャパシティーを超え、外来診療や入院治療が行えなくなる事態のことである。4月27日現在、日本国内の感染者は1万3428人、死亡者は372人になっており、医療崩壊が報じられる米国(感染者96万5786人、死亡者5万4881人)やスペイン(感染者22万2629人、死亡者2万3190人)、イタリア(感染者19万7675人、死亡者2万664人)に比べて多いとはいえない。
感染者・死亡者の数は比較的少ないにもかかわらず、なぜ日本で医療崩壊が懸念されるのだろうか。それは、医療機関でひとたび患者クラスター(集団)が発生すれば、医師、看護師などの医療スタッフも濃厚接触者とされ、自宅待機を余儀なくされる。外来診療や救急医療はストップし、すでに入院している重症患者の治療もできない事態に陥るからである。
新型コロナウイルスは2020年1月に「指定感染症」と閣議決定されている。【1】指定感染症の感染者は原則、陰圧病床などを擁する感染症指定医療機関に入院隔離されるが、その数は限られている。特定感染症指定医療機関(4医療機関10床)、 第一種感染症指定医療機関(55医療機関103床)、第二種感染症指定医療機関(351医療機関1758床)まですべて合わせても日本国内で410医療機関1871床に過ぎない。
入院感染者が感染症指定医療機関の病床数を上回ると、感染症指定を受けていない一般の医療機関でも感染者を受け入れざるを得ない状況になる。では、どのような医療機関が感染者を受け入れるのだろうか。
地方では一般的な高齢者施設を併設する中小病院はどうか。重症化リスクの高い高齢者が多いところに患者クラスターが発生すれば、一般患者が来なくなり、たちまち経営危機に瀕する。したがって、高齢者施設を併設する中小病院の受け入れは現実的ではない。また、新型コロナウイルス感染者が呼吸不全になるリスクが高いことを考えれば、人工呼吸器を扱える大病院以外は感染者を受け入れることは難しいだろう。
実際、新型コロナウイルス感染者の主な受け入れ先となっているのは、地域の中核病院である。中核病院は、かかりつけ医が専門的な診療、検査が必要な患者を紹介する地域医療の拠点であり、がん、脳卒中、心筋梗塞など重篤な疾病の治療を行うとともに、救急患者を受け入れる。その多くは、都道府県などの地方自治体や日本赤十字社などの公益法人が運営する公的病院である。
新型コロナウイルス患者を受け入れているところに、がん、脳卒中、心筋梗塞の患者を新たに入院させれば、ウイルスに感染させてしまうリスクがある。その点を考えると、一刻の猶予も許さない重症患者以外を入院させることは難しくなっている。一方、新型コロナウイルスが指定感染症であるため、病床に空きが出れば、感染者は受け入れざるを得ない。
新型コロナウイルス感染者については、発熱、肺炎の症状が落ち着き、健康状態が回復してもPCR検査で2回陰性が確認されるまで退院させることはできず、最低2週間は病床を使用することになる。このため、がん、脳卒中、心筋梗塞のように生命にかかわる疾病を患っていても重症患者以外は入院させられないということが、地域によっては起きている。
また、新型コロナウイルス患者を受け入れる病院の医療スタッフは、院内感染のリスクを抑えるため、感染防御に有効とされるN95マスクをはじめとする防護具を身に着けて診療にあたることが求められる。ウイルスへの感染リスクを最小限にしようとすると、防護具を使い捨て、ないし、頻繁に交換する必要があるが、防護具が不足してくると、そうした対応もままならなくなってくる。
厚生労働省が内閣官房とまとめる全国の入院病床がある病院の「医療提供状況」によれば、4月27日時点で通常稼働している医療機関の割合は、平日外来診療53.9%、休日外来診療42.9%、入院治療56.3%、救急医療36.3%といずれも5割前後にとどまる。何らかの理由で調査に回答できない「回答なし」も35.8%にのぼる。感染者を多数受け入れる公的病院を中心に医療機関が機能不全に陥り、通常の診療行為に支障の出ている様子がうかがえる。【2】
新型コロナウイルスの感染拡大で明らかになったことは、特効薬もワクチンもないまま、重症化リスクのある感染者が増えていけば、医療機関は必要な診療ができなくなり、医療崩壊が起きることである。厚生労働省は感染者全員を入院させる従来の方針を切り替え、軽症者や無症状者はホテルや自宅で療養できるようになったが、これは医療機関の負荷を軽減し、医療崩壊を食い止めるために一定の効果が期待できる。【3】【4】
一方、医療崩壊を食い止める方策として、中国・武漢市のように医療機関の新設を提唱する人もいるが、医療スタッフがいなければ機能しない。呼吸管理を行うには医師だけでなく、集中治療に精通する看護師、機器を扱う臨床工学技士を養成しなければならない。また、人工呼吸器、体外式膜型人工肺(ECMO)も必要だが、防護服さえ不十分な状況では、医療機関を新設しても機能するとは考えられない。
非常事態宣言の発令後も新たな感染者は発生しているが、諸外国のように指数関数的に感染者が急増する事態は避けられている。「手洗い励行」「マスク着用」「2メートルの距離をとる」「3密を避ける」といった予防対策は感染者の増加を一定程度、抑えていると考えられる。予防対策を最優先して新たな感染者を減らし、そこに迫る医療崩壊を食い止めなくてはならない。
ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。
【1】厚生労働省健康局長「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令等の施行について」(2020年1月28日)
【2】厚生労働省、内閣官房、全国の入院病床を有する病院(20床以上)の医療提供状況、2020年4月27日
【3】厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部「新型コロナウイルス感染症の軽症者等に係る宿泊療養及び自宅療養の対象並びに自治体における対応に向けた準備について」(2020年4月2日)
【4】自宅療養していた感染者の死亡例が相次ぎ、療養先をホテルへ変更する自治体も出ている。感染者がホテルで療養する場合、医師や看護師が常駐しなければならず、医療機関の負担軽減にはならない。
(写真:AFP/アフロ)
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