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医療

医療従事者への差別問題 新型コロナの不安・恐れにどう向き合う

九州大学教授 馬場園明

2020/06/24

医療従事者への差別問題 新型コロナの不安・恐れにどう向き合う

 日本における新型コロナウイルス感染拡大の第1波は、「密閉空間」「密集場所」「密接場面」を避ける3密排除や、人と人の接触機会を大幅に減らす活動自粛が効果を上げ、政府の非常事態宣言は5月25日に解除された。しかし、北九州市で5月末に第2波が発生。東京都の新規感染者数は連日、2ケタを超えるなど、新型コロナ感染拡大の第2波がいつ、どこで発生してもおかしくない状況にある。

 新型コロナ治療薬の研究は精力的に行われている。肺や血管の過剰炎症や呼吸不全を改善する既存薬を転用する研究のほか、新薬を開発する動きもある。これらの治療薬は感染者の治療に効果があるもので、感染予防に効果があるのはワクチンである。ワクチンの開発は日米欧で進められているが、ワクチンが完成するまでの間は、新型コロナとの長期戦を覚悟し、予防対策を地道に継続することが求められる。

 こうした治療薬の研究やワクチンの開発が進む一方、新型コロナにかかわる差別やいじめが社会問題になっている。感染者発生の報道を手掛かりに、インターネット上で感染者やその家族、勤務先が特定され、嫌がらせを受けるといった事件や、新型コロナ感染症から回復した元患者、患者との濃厚接触者に周囲が理解を示さず、職場や学校に速やかに復帰できないといったケースが出ている。【1】

 さらに医療従事者やその家族への差別やいじめも深刻な問題になっている。感染予防として保育所が医療従事者の子どもの預かりを拒否し、医療従事者が自宅待機や休職、離職せざるを得ないといった問題が筆者の周囲でも起きている。事態を重く見た厚生労働省は地方自治体に医療従事者への差別、いじめの再発防止を要請しているが、新型コロナに対する偏見や思い込みがなくならない限り、差別やいじめの根絶は難しい。【2】

 そもそも新型コロナへの感染リスクが高いにもかかわらず、医療現場で診察、治療にあたっている人たちのやる気に水を差し、がっかりさせる行為は、社会的にマイナスでしかない。また、感染者やその家族に対する非難は、医師の診察やPCR検査へ心理的な負荷を与え、発熱などの症状を自覚しても医療機関の受診を尻込みする人を生みかねず、新型コロナの再流行の原因にもなりかねない。

 日本における感染症にまつわる差別やいじめの問題は、結核やハンセン病などの疾病でも経験してきたことである。結核やハンセン病については、海外でも日本と同様の差別やいじめが起きた。こうした感染症にまつわる差別やいじめの実例を挙げればきりがないが、患者や感染者、医療従事者への差別やいじめが社会的にマイナスなことでしかないことは、歴史が明らかにするところだ。

 感染症が流行すると、なぜ差別やいじめが起きるのだろうか。それは、感染症に罹患することへの不安や恐れが大きいからだと思われる。感染症に罹患すれば、医療機関への入院や自宅待機を命じられる。さらに、感染症が重症化すれば生命の危険にさらされると考える人もいるだろう。そうした感染症に対する不安や恐れを、より感染リスクが高い人を攻撃することによって、解消しようとしているのかもしれない。

 それでは、感染症への差別やいじめにどう対応していったらよいのだろうか。まずは新型コロナにかかわる差別やいじめに繋がる動きには関与しないことである。インターネット上には正確ではない情報も数多く掲載されており、人々に偏見や思い込みを広めている可能性がある。確かな情報源から信頼できる情報を入手し、誤った情報は「そうではない」と正していくという態度が求められる。

 厚労省クラスター対策班の西浦博・北海道大学教授の試算によれば、人と人の接触を8割減らせば、15日後に新規感染者が抑制され、1カ月ほどで流行を止める効果があるという。【3】人と人の接触を減らすことに加えて、手洗いの励行、マスクの着用、3密排除の予防対策をとれば、感染リスクは合理的に減らすことができる。今、求められているのは、差別やいじめに関与することではなく、こうした科学的根拠のある予防対策を継続することである。

 最近、アルベール・カミュの小説、『ペスト』が話題になっている。原著が出版されたのは、第2次世界大戦から間もない1947年である。フランスの植民地だったアルジェリアのオラン市を舞台に、民衆がペストの苦難に立ち向かっていく話である。主人公の医師、リウーは辛い毎日を送りながらも、誠実に自分の職務を果たす。パリからやってきた新聞記者、ランベールはロックダウンされたオラン市から妻の待つパリへの脱出を試みるが、リウーの妻も結核のため、オラン市を離れて療養中と聞かされると、保健隊のメンバーとして感染者を助けることを決意する。

 ペストの流行により、生命の危険と隣り合わせになる不条理に対して不安や恐れを感じながらも、自分の職務に誠実であろうとする人々とのかかわり合いを通じて、ランベールは社会貢献に身を投じていく。いまだ治療法も確立しない、未知の病である新型コロナへの差別やいじめと闘っていくためには、『ペスト』のような本を読むことで勇気を得ることも大切なことかもしれない。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、新型コロナウイルス感染症対策の 状況分析・提言、2020年

【2】厚生労働省、医療従事者等の子どもに対する保育所等における新型コロナウイルスへの対応について、2020年

【3】厚労省クラスター対策班の西浦博・北海道大学教授は4月24日の記者意見交換会で、「感染者数は感染するリスクのある感受性人口と1人が何人と接触したかという指標である感染率の積で予測できる」「人の接触を8割減らせば、15日後に新規感染者が抑制され、1カ月ほどで流行を止める効果がある」と説明している。

【4】カミュ著、宮崎嶺雄訳、ペスト、新潮文庫、1969年

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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