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医療

新型コロナ対策がもたらす患者急減 国民医療費は減少の可能性

九州大学教授 馬場園明

2020/07/08

新型コロナ対策がもたらす患者急減 国民医療費は減少の可能性

 新型コロナウイルスの感染拡大で、医療機関の経営状況が様変わりしている。日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会が5月18日発表した『新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査』によれば、2020年4月の外来収入が、新型コロナ患者を受け入れた病院は前年同月比マイナス11.5%、新型コロナの影響で病棟閉鎖を余儀なくされた病院はマイナス13.7%だった。そして、新型コロナ患者を受け入れていない病院もマイナス10.6%になった。【1】【2】

 入院患者や医療従事者が新型コロナに感染し、病棟閉鎖を余儀なくされた場合、医療従事者の多くが濃厚接触者とされて病院に出勤できなくなる。医療従事者が出勤できなくなれば病院は機能不全に陥るので、外来収入が落ち込むことは容易に理解できる。ただ、新型コロナ患者を受け入れた病院にとどまらず、新型コロナ患者を受け入れていない病院でも外来収入は落ち込んでいる。新型コロナ感染予防で、少なくない患者が外来受診を手控えたものと思われる。

 医療は本来、不要不急の対極にあるはずのものである。それでは、どのような患者が減ったのだろうか。グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンが全国約400病院の3月と4月の医療データを分析したところ、肺炎、ウイルス性腸炎など感染症の緊急入院が大幅に減少したことが明らかになった。【3】とりわけ4月は、肺炎が前年同月比マイナス78.0%、ウイルス性腸炎はマイナス73.0%の大幅減になったという。

 肺炎、ウイルス性腸炎で緊急入院する症例数が急減した背景には、患者に新型コロナ感染症が疑われる発熱があり、医療機関での診療を断られたというケースもあっただろうが、それ以上に、新型コロナへの感染を恐れて軽症者が医療機関の受診を控えたことや、「手洗い励行」「マスク着用」「3密排除」といった新型コロナ予防対策が、結果として新型コロナ以外の感染症予防にもつながったものと考えられる。【4】

 日本の国民医療費は、前年度比0.5%減となった2016年度を除き、1961年の国民皆保険制度成立以来、右肩上がりに増えている。2017年度は前年度比2.3%増の42.2兆円、2018年度は0.8%増の42.6兆円になったが、2020年度は、新型コロナ感染症の影響で、4年ぶりに減少する可能性が出てきた。国民医療費が10%減れば、金額にして約4兆円の国民医療費が減少することになる。一部の医療機関にとっては、感染症患者の緊急入院や外来受診の減少が経営問題になる可能性もある。

 肺炎やウイルス性腸炎による緊急入院や外来受診が減る一方、新型コロナ対策で浸透し始めたのが、スマートフォンやパソコンによるオンライン診療である。これまでオンライン診療は再診にのみ認められ、初診については医師が患者と実際に会う必要があった。これが、人と人との接触機会を削減する新型コロナ対策で初診についても特例で認められることになり、5月末時点でオンライン診療に対応する医療機関は全国1万4500超になっている。

 オンライン診療では、医師がスマートフォンやパソコンの画面を通じて診察し、医薬品を処方する。医薬品の処方は本来、医師が患者と会い、診察や検査のうえで処方することが望ましいが、感染症にかかれば重症化する危険のある高齢者の外来診療や在宅診療をオンラインで行えば、感染症予防に有効である。また、すでに専門医の診断を受け、定期的に医薬品の処方を受けている生活習慣病患者には、オンライン診療で短時間に医薬品を処方してもらいたいという潜在需要も大きいだろう。

 新型コロナ感染拡大によって起きた医療の変化は、ウィズ・コロナ時代の医療を予告する。第一に、感染症を予防する「手洗い励行」「マスク着用」「3密排除」が定着すれば、感染症による緊急入院や外来診療の症例数はさらに減少すると思われる。第二に、院内感染対策の観点から、「白内障の手術」「心臓カテーテル検査」「大腸ポリープの切除」など、欧米では日帰り措置が一般的になっている医療行為は日本でも日帰りで行われるようになっていくだろう。

 最後に、新型コロナ感染症を根治する治療法や新型コロナ感染症を予防するワクチンの開発には年単位の時間がかかる見通しで、新型コロナ感染拡大がもたらす肺炎、ウイルス性腸炎などの感染症患者の減少や院内感染を予防するための医療行為の入院措置から日帰り措置へのシフトは、一定の国民医療費を減少させる効果をもたらすものと考えられる。

 仮に、国民医療費の減少分を在宅医療や訪問看護、介護サービスに振り向けることができるようになれば、老人医療無償化によって定着してきた「病院で最期を迎える」という社会的入院を前提とした高齢者ケアの増加に歯止めをかけ、自宅で介護サービスを受け、必要に応じて医療機関を受診する地域完結型の高齢者ケアの普及を促す可能性がある。それは、高齢者ケアは「誰のものか」「どうあるべきか」を考える社会的な議論のきっかけにもなるだろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会、新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(最終報告) 、2020年

【2】全国自治体病院で構成する全国自治体病院協議会のアンケート調査によれば、新型コロナ感染症患者を受け入れた会員病院の3月の医業収入は前年同月比で平均4000万円の減収、4月の医業収入は平均8000万円の減収になった。一方、新型コロナ感染症患者を受け入れなかった会員病院は3月の医業収入が平均300万円の減収、4月の医業収入は平均2000万円の減収だった。経営状況の傾向は『新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査』とほぼ変わらないといえる。

【3】グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン、4月には新型コロナで外来・入院ともに患者大激減、がん医療へも影響が拡大―GHC分析第2弾、2020年

【4】日本医師会『新型コロナウイルス感染症対応下での医業経営状況等アンケート調査』(2020年3~4月分)によれば、4月における診療所の入院外収入の減収が顕著だったのが、小児科(マイナス39.2%)と耳鼻咽喉科(マイナス36.6%)だった。いずれも感染症患者の割合が高い診療科であり、感染症の症例数が減少したとするグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの調査結果とも一致する。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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