
厚生労働省は今年4月、新型コロナウイルス感染防止策の一環として、長年、その可否が議論の対象になってきたオンラインによる初診診療を解禁した。【1】 従来、オンラインによる診察が可能であっても初診については必ず対面による診察が必要だった。今回の解禁については、原則、3カ月ごとに安全性などの観点から検証するとしているが、医師がオンラインによる初診診療を行えば、保険診療における初診料(214点、2140円)が請求できるようになった。
報道によれば、経済財政諮問会議の新浪剛史・サントリーホールディングス社長ら民間議員は5月29日、新型コロナウイルス感染防止策として厚労省が特例で容認したオンラインによる初診診療を全国1万4500超の医療機関(全医療機関の13.2%)が実施していると発表。【2】 「これまで推進してきた電子カルテの普及、オンライン診療の高度化の重要性が再認識された。今回の経験を分析・評価し、改革を推進すべき」と指摘している。
ただ、今回、解禁になったオンラインによる初診診療は、もともと「オンライン診療」として想定されていた、パソコンやスマートフォンのカメラ機能を使ったオンライン診療システムによる問診や視診を条件としていない。オンライン診療システムによる診察に限定すると、パソコンやスマートフォンに不慣れな人が利用できなくなるとして、カメラ機能がない電話を使った診察についてもオンライン診療の対象に含めている。
厚生労働省が8月6日公表した『令和2年4月~6月の電話診療・オンライン診療の実績の検証について』によれば、4~6月に「オンライン診療」として保険請求があった初診診療2万807件のうち、1万2011件(57.7%)が電話を使った診療、5608件(27.0%)がオンライン診療システムを使った診療だった。(3188件はいずれか不明)【3】 そして4月、5月、6月いずれも電話を使った診療の数がオンライン診療システムを使った診療の数を上回った。(図1)

オンライン診療として保険請求した診療科の割合としては、内科が56%、小児科が24%、耳鼻科が7%、皮膚科が5%だった。(図2)また、医師が非対面のオンライン診療が可能だったとする疾患は、「発熱」「上気道炎」「気管支炎」などの感染症や「湿疹」「アレルギー性鼻炎」「喘息」などのアレルギー疾患が多かった。これらをみると、感染症やアレルギー疾患を多く取り扱う「内科」「小児科」の保険請求が多かった理由もわかる。

一方、この間、オンライン診療を利用した患者を年齢層別にみると、最も利用が多かった年齢層は「0~10歳」(37%)だった。次いで、「31~40歳」(18%)、「21~30歳」(14%)、「41~50歳」(13%)の順に多かった。半面、医療機関の受診が多いはずの「61歳以上」は5%にとどまった。(図3) オンライン診療の普及を促すためには、利用が進んでいない「61歳以上」の高齢者の利用を促す仕組みづくりも必要だろう。

これまでも高血圧症や糖尿病などの慢性疾患のある患者については、定期的な再診にオンライン診療を利用するという一定のニーズがあった。オンライン診療は、医療機関との往復に時間をとられず、診察に要する時間が短くて済むため、多忙な時期の治療中断を防ぐ効果もある。ただ、初診については、レントゲン撮影や血液検査ができず、医師が診断を下すための医療情報が不十分な場合があり、とりわけ患者の重症度を見極める必要がある症例には不向きであると指摘されてきた。【4】
経済財政諮問会議は7月8日、診察から処方薬受け取りまで「オンラインで完結する仕組みを構築する」という方針を『経済財政運営と改革の基本方針2020』(骨太の方針)に盛り込む原案を了承した。【5】 これには、①オンライン診療システムの普及②医療機関が共有する手術や移植、透析、薬剤などの医療情報の拡大③電子処方箋の運用開始――も含まれ、これらが実現すれば、オンラインによる初診診療の問題点を一定程度、補える可能性がある。
ただ、現状はメリットが多い再診についても、オンライン診療が広く普及しているとはいえない。様々な理由はあるが、大きな要因は診療報酬が低いからだと思われる。オンライン診療の再診料は71点、薬剤の処方箋料68点と合わせても診療報酬は139点(1390円)に過ぎない。一方、対面の再診料は73点、外来管理加算52点、処方箋料68点と合わせると、診療報酬は193点(1930円)になる。初期投資の大きいオンライン診療の方が診療報酬は少なく、インセンティブは働きづらい。
診療報酬の問題については、イギリスで導入されているQOF(Quality and Outcomes Framework)の仕組みが参考になる。【6】 これは疾病ごとに診療指針を定め、これに基づいた診療に診療報酬を加算する仕組みである。例えば、虚血性疾患では、喫煙者に対する禁煙指導や血圧の適正範囲の維持に診療報酬を加算する。日本のオンライン診療についても疾病ごとに望ましい診療方針を作り、それに基づいた診療については診療報酬を加算することは可能だろう。
日本にオンライン診療が普及すれば、新型コロナウイルのように感染症の危険がある場合だけでなく、緊急時、災害時にも主治医でない医師の診療を受けやすくなる。オンライン診療はその仕組み上、問診や視診に基づく追加の検査ができず、医療情報を十分、共有できなければ適格な診断が下しづらいなどのハンディはあるが、日本社会の高齢化や過疎化の進展を踏まえて、オンライン診療の適切な普及を図っていくことが望まれる。
ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。
【1】厚生労働省、新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いについて、2020年4月10日
【2】CBニュース、「オンライン診療」の実施率、全国で13.2%、2020年5月29日
【3】厚生労働省、令和2年4月~6月の電話診療・オンライン診療の実績の検証について、第10回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会、2020年8月6日
【4】前田由美子、オンライン診療についての現状整理、日医総研リサーチエッセイ No.80、2020年
【5】内閣府、経済財政運営と改革の基本方針2020について、令和2年7月17日閣議決定
【6】堀真奈美、政府はどこまで医療に介入すべきか イギリス医療・介護政策と公私ミックスの展望、ミネルヴァ書房、2016年
(写真:AFP/アフロ)
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