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医療

新型コロナ対策、就業制限のプラスとマイナス

九州大学教授 馬場園明

2020/10/07

新型コロナ対策、就業制限のプラスとマイナス

 菅義偉前官房長官が9月16日、首相に就任し、菅新政権が発足した。菅首相は就任後の記者会見で「最優先の課題は新型コロナウイルス対策」と述べ、感染拡大の防止と社会活動の再開を両立する方針を表明した。【1】 菅政権は、感染拡大防止と社会活動再開に向け、PCR検査体制の拡充やワクチン確保、「Go To」キャンペーンに取り組んでいくとみられるが、感染症対策、社会経済対策の両面から検討されなければならない重要な問題がある。それは指定感染症とそれに伴う就業制限の取り扱いである。

 政府は1月28日、新型コロナ感染症を新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく「指定感染症」に指定した。【2】 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」は、感染症を危険性の高い順に第1類から第5類に分け、その対応を定めているが、法改正には時間がかかる。【3】 このため、新型コロナ感染症については政令で2020年1月28日から2021年2月6日まで期間を限定して第2類相当の措置を行うことになっている。(表)

 新型コロナ感染症を指定感染症に指定したことにより、政府は緊急事態宣言を発令したり、感染者に入院措置や就業制限を行ったりすることができるようになった。第2類相当の新型コロナについては、症状がありウイルスが検出された「感染症患者」、ウイルスは検出されないが、症状がある「疑似症患者」、ウイルスは検出されたが、症状はない「無症状病原体保有者」のいずれも原則入院、感染者との「濃厚接触者」には就業制限の措置がとられている。

 新型コロナ感染症は、国を挙げての感染対策にもかかわらず、未だに5000人強の入院患者が存在する。このため、4月2日以降は、ウイルスは検出されているが、症状はない無症状病原体保有者については、必ずしも入院勧告の対象にせず、医師の判断で宿泊施設や自宅での療養を認めることになった。【4】 これは重症患者に医療資源を集中するための運用だが、現実にはそうなっていない。

 無症状病原体保有者は必ずしも入院勧告の対象にならないといっても、医療機関へ入院するのか、宿泊施設や自宅で療養するのかを区分けする明確な基準はなく、宿泊施設や自宅での療養が推奨される無症状病原体保有者が医療機関に入院しているケースが少なくない。また、ウイルスが検出されていないが、症状のある疑似症患者のモニタリングにも医療資源を割かねばならず、軽症者対応の負担は依然として大きいからだ。

 新型コロナの入院患者と重症患者の推移をみると、直近の入院患者数5381人(9月24日時点)に対して人工呼吸器を装着する重症患者数は116人(9月26日時点)だった。(図1)入院患者数、重症患者数はいずれも収束しているとは言い難いが、年齢階層別死亡率をみると、死亡の危険性が高い年齢階層は「七十代」と「八十代以上」に限られており、これまでのところ「六十代」以下の平均的な危険性は低いといえる。(図2)

 

 

 厚生労働省のアドバイザリーボードは9月24日、作業部会がまとめた指定感染症の運用見直し案を了承し、軽症者・無症状者を原則、宿泊療養や自宅療養とする新たな運用を始めると発表した。【5】また、季節性インフルエンザが流行する11月以降は多数の発熱患者が発生し、季節性インフルエンザと新型コロナを臨床的に識別することが困難になるため、新型コロナの疑似症患者の届出も入院患者に限定することとしている。

 今回の運用見直しにより、重症化リスクが低い軽症者・無症状者の入院によって生じていた医療機関の人的コストは大幅に削減できる。さらに疑似症患者の届出を入院患者に限定することにより、疑似症患者のモニタリングにかかっていた人的コストの削減も見込まれる。残された問題は、新型コロナ感染者と近距離あるいは長時間、接触し、感染の可能性が高くなっている濃厚接触者に2週間の就業制限がかかることである。【6】

 濃厚接触者の就業制限には、感染の疑いがある人を隔離し、感染拡大を防止する効果があるが、就業制限のもたらす負の効果も大きい。実際、地域のかかりつけ医の役割を担う診療所長が濃厚接触者とされ、近隣住民が2週間、診療所を受診できなくなるという事態が起きている。それにとどまらず、医師が濃厚接触者にならないように発熱患者の診療を避けたり、一般市民が感染を過度に警戒したりするなど、濃厚接触者の就業制限が感染者への差別につながる行動をもたらしている可能性がある。

 この問題を解消するためには、濃厚接触者を一括りにするのではなく属性や接触状況に応じてリスクを定量化し、まず濃厚接触の危険性を明確にする必要がある。そして、濃厚接触者に優先的なPCR検査を認め、検査結果が2回以上、陰性になれば、マスクの着用や手洗いの励行、密閉空間・密集場所・密接場面の「三密」を避けて外出するなどの感染対策をとることを前提に、就業制限の適用を除外するという対応を検討すべきだろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

 

 

【1】首相官邸、菅内閣総理大臣記者会見、2020年9月16日

【2】平成24年法律第 31号

【3】厚生労働省、感染症の範囲及び類型について、2014年3月

【4】厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部、新型コロナウイルス感染症の軽症者等の宿泊療養及び自宅療養に係るマニュアル等の改訂について、事 務 連 絡、2020年6月15日

【5】厚生労働省、新型コロナウイルス感染症の感染症法の運用の見直しについて、2020年9月25日

【6】一般社団法人 日本渡航医学会、公益社団法人 日本産業衛生学会、職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド第2版、2020 年6月3日

 

(写真:AFP/アフロ)

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