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医療

後期高齢者の窓口負担引き上げ、高額療養費改革なくして実効性なし

九州大学教授 馬場園明

2020/10/28

後期高齢者の窓口負担引き上げ、高額療養費改革なくして実効性なし

 財務省は10月8日、財政制度等審議会財政制度分科会で医療保険の持続可能性を高めるため、「後期高齢者の窓口負担2割」を導入する必要があると表明した。全世代型社会保障検討会議が2019年12月に発表した中間報告書でも、「一定所得以上の後期高齢者については、医療費の窓口負担を2割とし、それ以外の方は1割とする」としており、政府は後期高齢者の窓口負担を引き上げる方向性を示す。【1】

 政府が後期高齢者の窓口負担を引き上げる背景には、後期高齢者の医療費が国民医療費の重荷になっていることがある。2019年度の国民医療費は、43兆6000億円。【2】 このうち75歳以上の後期高齢者にかかった医療費は約17兆円(国民医療費全体の約40%)だった。医療保険を維持するため、高齢者の医療費をどう抑制していくか。その対策は喫緊の課題だ。

 後期高齢者の医療費がなぜ多いのか。75歳未満と75歳以上に分けて人口1人あたりの国民医療費をみると、その理由が見えてくる。2019年度の75歳未満の1人あたり国民医療費は22万6000円。一方、75歳以上は95万2000円だった。その差は約4.2倍。75歳以上の国民医療費が高額になるのは、加齢で疾病や障害にかかりやすいことに加え、国民医療費の自己負担が少ないことと関連がある。

 高齢者の窓口負担については、70~74歳は2割、75歳以上は1割とされている。(現役並み所得者はいずれも3割)。後期高齢者医療制度は、75歳以上の後期高齢者を被保険者集団とした独立型の医療保険。都道府県内の全市区町村が加入する広域連合が保険者、都道府県内の75歳以上の高齢者と65~74歳の障害者が被保険者になっている。【3】

  後期高齢者医療制度が始まる以前は、市町村が保険者、70歳以上の高齢者と65歳以上の寝たきり者が被保険者となる老人保健制度があった。市町村の財政状況には開きがあり、高齢者にかかる医療費の地域間格差を平準化するため、2008年から都道府県内の全市区町村を保険者、75歳以上の高齢者と65~74歳の障害者を被保険者とする後期高齢者医療制度が始まった。

 2017年度決算では、後期高齢者医療制度の財源である経常収入は、後期高齢者の保険料が7.6%、現役世代の支援金が41.4%、国・都道府県・市町村の負担金が50.9%だった。【4】 反対に後期高齢者医療制度以外の各医療保険の経常支出をみると、中小企業が主体の協会けんぽで19.7%、大企業が主体の組合健保で21.5%、公務員などの共済組合で23.6%が、後期高齢者医療制度への支援金だった。(表1)

 医療保険の決算をみると、後期高齢者医療制度は現役世代の医療保険にその費用を移転させることによって、なんとか収支を合わせていることがわかる。しかし、少子高齢化の進展により、今後さらに高齢者が増えて現役世代が減っていくことを考えれば、現役世代の支援金で高齢者の医療費を賄う制度を維持していけないことは明らかだろう。

 医療保険の窓口負担を低く抑えているのは、経済的な理由から医師、医療機関の診療が受けられないという悲劇を防ぎ、国民が医療の恩恵を平等に享受できるようにするためである。しかしながら、現行の後期高齢者医療制度においては、自己負担が低く抑えられていることが、医療機関の過剰受診や医療費の過剰支出を招いている可能性がある。

 政府が表明するように、後期高齢者の窓口負担を1割から2割に引き上げれば、後期高齢者医療制度の財政的安定に一定の効果がある。ただ、制度を持続可能なものにするためには、窓口負担の引き上げだけでは不十分。1カ月の医療費負担の上限を定める高額療養費制度を改革しなければ、後期高齢者医療制度を持続可能なものにすることはできない。

 高額療養費制度は、1カ月間の医療費が一定以上になることを心配せずに、医師、医療機関を受診できるようにする制度。後期高齢者については、現役並み所得者(対象者は115万人)を除き、一般所得者(900万人)は4万4400円、低所得者は2万4600円(385万人)ないし1万5000円(300万人)が1カ月の医療費負担の上限になっている。【5】(表2)

 後期高齢者の大半は1カ月の医療費負担の上限を1万5000円~4万4400円に抑えられている以上、窓口負担を1割から2割に引き上げても、後期高齢者医療制度の財政へのプラス効果は限定的だ。現役並み所得者を除けば、1カ月の医療費負担の上限額は介護施設の自己負担額よりはるかに少なく、後期高齢者の社会的入院を抑止することはできない。

 後期高齢者の医療費を抑制していくためには、長期入院よりも居宅・地域密着型サービスを選択する高齢者の自己負担が少なくなる政策誘導が必要である。日本の医療保険制度を持続可能なものにしていくためには、一定の資産や所得がある後期高齢者には、応分の負担をしてもらうことが望ましい。そして、国民の痛みを伴う改革には、対象者が十分、納得できる説明も求められるだろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】全世代型社会保障検討会議、中間報告書、2019年 

【2】厚生労働省保険局調査課、令和元年度 医療費の動向

【3】高齢者の医療保障制度については筆者の論文(馬場園明、高齢者医療保障制度の問題と解決策、健康保険、10, 20-25, 2019年)を参照されたい。

【4】厚生労働省保険局調査課, 医療保険に関する基礎資料~平成29年度の医療費の状況~

【5】内閣府、第4回全世代型社会保険検討会議資料

 

(写真:AFP/アフロ)

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