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医療

新型コロナワクチン、費用対効果を検証する

九州大学教授 馬場園明

2021/02/17

新型コロナワクチン、費用対効果を検証する

 新型コロナウイルス感染症が全世界で流行する中、新型コロナ終息の切り札として様々なワクチンが開発されている。【1】 新型コロナ以前のワクチンは、ウイルスを無毒化あるいは弱毒化したタンパク質ワクチンであるが、新型コロナワクチンは開発期間を短縮するため、mRNA、ウイルスベクター、組み換えタンパクといった新しい種類のワクチンになる。(表1)

 2020年12月、新型コロナワクチンの接種がイギリスで始まり、これまで69の国・地域でワクチン接種が行われている。【2】 国・地域別にみると、アメリカ、中国、イギリス、インド、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、ブラジル、ロシア、ドイツの順に接種回数が多い。

 中国で接種されているワクチンは、中国医薬集団(シノファーム)と科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)のものである。このうち臨床試験結果が公表されているのはシノバックの第1相試験と第2相試験で第3相試験は公表されていない。このため、ワクチンの有効性に十分な科学的根拠があるとはまだ考えられていない。【3】【4】

 日本政府は、これまでファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3社からワクチンの供給を受けることで合意。2月17日から、①ワクチン接種を希望する医療従事者②新型コロナ感染症が重症化しやすい65歳以上の高齢者③基礎疾患がある人④高齢者施設の職員――の順に新型コロナワクチンの接種を開始した。

 そこで、本稿では日本政府がワクチン供給で合意しているファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3つのワクチンを比較検討する。1月13日公開の政策ブログ『新型コロナワクチン、副反応の危険性』では、ファイザー、モデルナの比較検討を行っており、今回はアストラゼネカを含め、新たな検討を行いたい。【5】【6】【7】

 まずファイザーとモデルナのワクチンはメッセンジャーRNA(mRNA)を注射して体内で免疫を引き起こす抗原を合成する「mRNAワクチン」であるのに対し、アストラゼネカのワクチンは分子生物学研究で遺伝物質を輸送するベクター(運び手)を使った「ウイルスベクターワクチン」である。

 具体的には、チンパンジー由来の風邪のウイルスを複製できないように処理したウイルスベクターを使って新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を形成する遺伝子を体内に送り込み、スパイクタンパク質に対する免疫を誘導し、新型コロナへの感染を防御する。

 第3相試験における発症予防効果はファイザーが95.0%、モデルナが94.5%だったのに対して、アストラゼネカは2回とも全用量を接種したグループ(被験者8895人)が61.8%、1回目は全用量の半分にして2回目は全用量を接種したグループ(同2741人)が89.9%、2つのグループの平均は70.4%だった。

 これは、第3相試験に使用するワクチンの製造が間に合わずイタリアの製薬メーカーへ外注したところ、ワクチン濃度の測定方法が異なり、濃度が規定の2倍であると誤解したことによる。この間違いが幸いし、1回目は全用量の半分、2回目は全用量を接種すると有効性は高くなることが明らかになったが、これが一貫性のあるものかは定かではない。

 もっとも、1回目は全用量の半分、2回目は全用量を接種したとしても、アストラゼネカの発症予防効果はファイザー、モデルナに比べて見劣りする。これは、新型コロナへの感染を防ぐ中和抗体を作り出す能力が低いためで、今後、ワクチンに組み込む遺伝子を変更するなど、発症予防効果を改善する努力がなされるとみられる。

 新型コロナワクチンはいずれも新種のワクチンであり、ウイルス粒子が複製される抗体依存性感染増強や長期的な副反応(副作用)が発生するかどうかについては現時点では分からない。ただ、短期的な副反応(副作用)に限っていえば、アストラゼネカのワクチンに生命を脅かすアナフィラキシーが起きていないことはメリットと言えるだろう。

 ファイザー、モデルナ、アストラゼネカはいずれもワクチン価格を公表していないが、英フィナンシャル・タイムズの報道によれば、3社のワクチン価格は大きく異なる。ファイザーはワクチン2回分で39ドル、モデルナは50~60ドルであるのに対して、アストラゼネカはそれらの5分の1未満の8ドルという。【7】【8】

 どのワクチンを優先的に選択するかは、費用と効果の両面から検討されるべきである。ワクチンの効果は感染予防、発症予防、重症化予防などだが、現時点で明確なのは発症予防効果である。一方、費用はワクチンの購入費用、輸送費用、維持費用、接種費用などだが、現時点で明らかなのはワクチンの購入費用である。

 そこで、人口1万人に接種して1人の発症を予防するためのワクチン費用を発症予防効果とワクチンの購入費用の2点で検討する。昨年1月~今年1月の日本国内のPCR検査陽性者数は約40万人。日本の人口を1億2557万人とすると、新型コロナの年間発生率は0.3%と仮定できる。ワクチンの予防効果はファイザー=95.0%、モデルナ=94.5%、アストラゼネカ=61.8%とする。

 人口1万人にワクチンを接種して1人の発症を予防するためにかかる費用は、1ドル=105円と仮定すると、ファイザー=143万6842円、モデルナ=203万7037円、アストラゼネカ=45万3074円となる。ファイザーとアストラゼネカの費用差は98万3768円、モデルナとアストラゼネカの費用差は158万3963円になる。【9】(表3)

 新型コロナの年間発生率が増減した場合を念頭に年間発生率が2倍の0.6%と2分の1の0.15%のケースについて感度分析を行った。新型コロナの年間発生率が上昇すると、ワクチンで予防できる人数が増えて費用対効果は良くなり、年間発生率が低下すると、ワクチンで予防できる人数が減り費用対効果は悪くなる。(表4)

 なお、今回の推計には不確定な要素の多い、ワクチンの輸送費用、維持費用、接種費用を含めていない。これらの費用を含めると人口1万人にワクチンを接種して1人の発症を予防するためにかかる費用は、低温保存の必要があるファイザー、モデルナと低温保存の必要がないアストラゼネカで費用差がさらに広がる。

 日本政府がワクチン供給で合意するファイザー、モデルナ、アストラゼネカのワクチンを比較すると、現時点においては、発症予防効果の点でファイザーとモデルナ、購入費用の点でアストラゼネカに軍配が上がる。副反応(副作用)などワクチンの人体に及ぼす影響が完全に明らかではない中、その費用対効果をにらみながら、誰にどのワクチンを優先的に接種するのか難しい判断を求められている。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】厚生労働省、新型コロナウイルスワクチンの副反応の収集・評価について、第50 回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、令和2年度第9回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会

【2】日本経済新聞、「チャートで見るコロナワクチン」

【3】Yanjun Zhang, et al. Safety, tolerability, and immunogenicity of an inactivated SARS-CoV-2 vaccine in healthy adults aged 18-59 years: a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 1/2 clinical trial, Lancet Infect Dis. 2021 Feb;21(2):181-192.

【4】ワクチンは第1相試験、第2相試験、第3相試験を経て認可される。第1相試験は、少人数の健康成人を対象に少量から投与量を増やし、安全性を調べる。第2相試験は、少数の患者を対象に有効性、安全性、使用法を調べる。第3相試験は、多数の患者を対象に、有効性、安全性、使用法をプラセボ(偽薬)などと比較検討する。

【5】Polack FP, et al. Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine. N Engl J Med, 2020. doi: 10.1056/NEJMoa2034577

【6】FDA. Vaccines and Related Biological Products Advisory Committee Meeting : Moderna COVID-19 Vaccine.

【7】Ramasamy MN, et al. Safety and immunogenicity of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine administered in a prime-boost regimen in young and old adults (COV002): a single-blind, randomised, controlled, phase 2/3 trial, www.thelancet.com Vol 396 December 19/26, 2020.

【8】Reuters、「米モデルナ、コロナのワクチン価格を他社より高く設定へ」

【9】英フィナンシャル・タイムズ報道ではモデルナの価格は50~60ドルとされており、費用対効果は55ドルで試算した。メーカー各社は、変異株への対応もあり、今後もワクチンの予防効果や販売価格の改善に取り組むとみられる。ただ、ワクチンで終生免疫が得られる可能性は低く、予防効果が1年未満であれば、政府の購入費用はさらに膨らむ。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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