
世界で新型コロナワクチン接種が精力的に進められる中、英アストラゼネカ製ワクチンを接種した人の中に血液が凝固し、血管を塞いでしまう血栓症の起きるケースが見付かった。このため、ドイツ、フランス、イタリアなどはアストラゼネカ製ワクチンの接種を一時中断した。【1】
欧州医薬品庁(EMA)は4月7日、欧州連合(EU)加盟国、アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタインが実施したアストラゼネカ製ワクチンの接種約2500万件のうち血栓症が発生した86件を検証し、「接種後2週間以内に血小板の減少を伴う血栓が発生する可能性がある」と発表した。【2】
イギリス政府はEMAの発表を受けて記者会見し、アストラゼネカ製ワクチンの被接種者79人が血栓症を発症、このうち19人が死亡しているが、「血栓症の発症者は100万人に4人の確率である」として、新型コロナ感染症を予防、緩和するメリットは血栓症を始めとする副反応のリスクを上回ると強調した。【2】
アストラゼネカ製ワクチンは保管温度が2~8度とマイナス70度で保管するファイザー製やマイナス20度で保管するモデルナ製より取り扱いが容易。接種2回で8ドル程度とコストも安く、新型コロナ対策の切り札と期待されていただけに、医療界に与える衝撃は大きい。
医学雑誌、「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」(ウェブ版)は4月9日、「アストラゼネカ製ワクチンの接種により、血栓症が引き起こされた」ことを示唆するドイツ・オーストリアの研究者グループとノルウェーの研究者グループによる2つのリポートを掲載した。【3】【4】
リポートは、アストラゼネカ製ワクチンを接種して血栓症が起きたケースでは、抗凝固薬、「ヘパリン」を投与して稀に起きるヘパリン起因性血小板減少症と同じ臨床所見が認められたと指摘。ただ、いずれの症例にも「ヘパリン」は投与されておらず、ワクチン接種でこうした臨床所見が発生したと推測する。
ドイツ・オーストリアの研究者グループによるリポートには、新型コロナワクチン接種によって引き起こされた血栓症の標準的な症例が紹介されている。【3】 被接種者は医療従事者の女性(当時、49歳)で2月中旬に新型コロナワクチンを接種するまで健康体だった。(表1)

この女性は、新型コロナワクチンを接種した直後から頭痛や筋肉痛、疲労感の軽い症状があり、接種後5日目に発熱、悪寒、冷え、吐き気、みぞおち部分の不快感などが発生。接種後10日目になって、これらの症状の悪化により、地元の病院に入院した。
リポートには、入院後の検査数値の記述もある。入院初日にあたるワクチン接種10日目の検査では、血小板数が1万8000に低下し、血栓症を判定するD-ダイマー、肝機能障害を示すγ-GTPは高かったが、おおむね問題はなかった。しかし、翌日の検査では、ほとんどすべての数値が悪化した。
「D-ダイマー」の上昇は血栓症の発生を推定させる。「活性化部分トロンボプラスチン時間」「トロンビン時間」は血液の凝固異常を示す。「AST」「ALT」「γ-GTP」の上昇は肝細胞の破壊、「CRP」は炎症反応、「乳酸濃度」は血流不全を示す。
入院初日のコンピューター断層撮影(CT)で、腸から肝臓につながる門脈の血栓症と肺の塞栓が明らかになり、翌日の検査で門脈の血栓症が脾臓や上部腸間膜静脈に広がり、下行大動脈と腸骨動脈でも血栓が確認された。この症例は集中治療の甲斐なく亡くなったが、解剖検査で脳静脈血栓症も確認されている。
アストラゼネカ製ワクチンが血栓症を引き起こすとの懸念からワクチン接種を年齢で制限する国も出ている。【5】ドイツ、オランダ、アイスランド、フィンランド、カナダは60歳以上、スウェーデンは65歳以上に対象者を限定する。デンマークは4月14日、アストラゼネカ製ワクチンの接種を完全に中止すると発表した。【2】【5】
ワクチン接種の対象者を高齢者に限定することには合理的な理由がある。新型コロナ感染症は55歳以上の感染者グループの致死率が急激に高くなるので、高齢者についてはワクチンが新型コロナ感染症を予防、緩和する効果が副反応のリスクを上回ると考えられるからだ。【7】 (表2)
米疾病対策センターと米食品医薬品局は4月13日、アストラゼネカ製と同様にウイルスベクターを用いたジョンソン・エンド・ジョンソン製ワクチンを接種した女性6人に血栓症が発生したことを受け、同ワクチンの接種を一時中止するよう勧告。【8】 EMAは4月14日、EU諸国に同ワクチンの使用を控えるよう提言している。【9】
日本政府は英アストラゼネカ社から1億2000万回分(6千万人分相当)の新型コロナワクチンの供給を受ける契約を結んでいる。【10】 新型コロナワクチンは短期間に開発されただけに将来の副反応など未知の部分が少なくない。このような状況において、アストラゼネカ製ワクチンを予定通り国民に接種するのかーー。メリットとリスクの狭間で日本政府は困難な判断を求められている。
ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。
【1】ロイター、『独仏伊、アストラゼネカワクチン接種中断 血栓懸念』、2021年3月16日
【2】BBC、『欧州当局、血栓はアストラゼネカ製ワクチンのごくまれな副反応』、2021年4月8日
【3】Greinacher A, et al, Thrombotic Thrombocytopenia after ChAdOx1 nCov-19 Vaccination.N Engl J Med. 2021 Apr 9. doi: 10.1056/NEJMoa2104840.
【4】Schultz NH, eta la, Thrombosis and Thrombocytopenia after ChAdOx1 nCoV-19 Vaccination, N Engl J Med. 2021 Apr 9. doi: 10.1056/NEJMoa2104882.
【5】World Voice、『欧州は1回目と2回目で違う種類のミックスワクチン接種を検討イタリアはどうする?』、2021年4月4日
【6】BBC、『デンマーク、英アストラゼネカ製ワクチンを完全に使用中止 血栓懸念で』、2021年4月15日
【7】Levin At, et al, Assessing the age specificity of infection fatality rates for COVID‑19: systematic review, meta‑analysis, and public policy implications, European Journal of Epidemiology (2020) 35:1123–1138
【8】ロイター、『J&Jワクチン、米当局が接種中断を勧告 血栓の報告で』、ロイター、2021年4月13日
【9】ロイター、『J&Jワクチン、伊は停止・仏は使用へ 欧州当局は来週に新提言』、2021年4月15日
【10】日本経済新聞、「ワクチン、国内生産が始動 アストラゼネカ申請」、2021年2月5日
(写真:AFP/アフロ)
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