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医療

新型コロナワクチンを突破するブレイクスルー感染

九州大学教授 馬場園明

2021/06/16

新型コロナワクチンを突破するブレイクスルー感染

 新型コロナワクチンの接種が2020年12月から始まり、6月15日現在、全世界の累計接種回数は23億9037万回になった。【1】 国・地域別にみると、中国、アメリカ、インド、ブラジル、イギリスの順に累計接種回数が多く、上位5カ国で全体の67.0%を占めている。

 ワクチン接種では出遅れていた日本も2月17日から接種を開始。対象者を医療従事者から65歳以上の高齢者に広げ、ワクチン普及を急ぐ。6月14日現在、1回接種を終えた人は1843万人、2回接種を終えた人は660万人となり、累計接種回数は2503万回になった。【1】 

 第Ⅲ相臨床試験によれば、日本国内で使用されているファイザー製ワクチンとモデルナ製ワクチンの予防効果は95.0~94.5%。しかしながら、新型コロナワクチンを接種した人が増えるにつれて、規定通り2回接種を完了したのにもかかわらず、新型コロナウイルスに感染したという人が増えている。【2】

  新型コロナワクチンを2回接種したにもかかわらず、新型コロナウイルスに感染してしまったーー。このような症例を英語で「突破する」「突き抜ける」という意味の「ブレイクスルー感染」と呼び、その発生状況がアメリカの医学雑誌にも報告されている。

 米疾病対策センター(CDC)は、米食品医薬品局(FDA)が承認した新型コロナワクチンの接種を完了してから14日以上経ってから陽性反応が出たケースを「ブレイクスルー感染」と定義。CDCのウェブサイトで2021年1月1日から4月30日までの「ブレイクスルー感染」の発生状況を公表した。【3】

 ワクチン接種を完了したアメリカ人約1億100万人のうち、「ブレイクスルー感染」が確認されたのは、1万262人。ブレイクスルー感染による入院者は995人(9.7%)、死亡者は160人(1.6%)だった。入院者995人のうち289人は新型コロナ感染症以外の理由で入院したとされる。(表1)

 死亡者160人のうち28人は発熱や呼吸困難の症状がなく、新型コロナ感染症とは直接、関係のない理由で死亡している。ワクチン接種者全員を追跡調査できているわけではないので、過小評価の懸念もあるが、現時点ではワクチン接種の指針を左右するようなリスクではないといえる。

 次に、イリノイ州シカゴ市の医療と介護が一体となった高齢者施設(ナーシングホーム)78施設を対象に2020年12月28日から2021年3月31日までに実施した新型コロナ感染症の実態調査を紹介する。【4】 対象となったナーシングホームの入居者、スタッフから調査期間中、627人(75施設)の感染者が確認された。(表2)

 同調査期間中、新型コロナウイルスに感染した627人のうち、ワクチン未接種者は447人(71.3%)、1回接種者は145人(23.1%)、2回接種から14日以上経過した完全接種者のブレイクスルー感染は22人(3.5%)だった。また、2回接種から14日未満の不十分免疫の状態の感染者は13人(2.1%)だった。

 ワクチンの予防効果を測定するため、ワクチン接種者と非接種者に分けると、ワクチンを接種した入居者の感染率が0.8%だったのに対して、ワクチンを接種していない入居者の感染率は5.0%だった。一方、ワクチンを接種したスタッフの感染率が1.0%だったのに対して、ワクチンを接種していないスタッフの感染率は6.0%だった。

 感染リスクが高い高齢者が多く入居するナーシングホームを対象にした調査でもブレイクスルー感染は3.5%にとどまる。ワクチン接種者、非接種者の感染率を比べると、入居者、スタッフいずれもワクチン接種者の感染率はワクチン非接種者の感染率より低く、新型コロナワクチンの予防効果は明らかだ。

 次に、人口100人あたりのワクチン累計接種回数がアラブ首長国連邦(UAE)に次いで多いイスラエルにおける新型コロナワクチン接種の追跡調査を紹介する。【5】 調査期間は2021年1月24日から4月3日まで。イスラエルでは同期間中に16歳以上人口の72.1%に相当する471万人がファイザー製ワクチンの2回接種を完了している。

 ワクチン未接種群の感染率は67.7~95.1%だったのに対して、ワクチン完全接種群の感染率は2.3~3.8%だった。ウイルス感染の予防効果は94.8~96.1%、重症化入院の予防効果は97.3~98.9%だった。そして、死亡の予防効果は95.8~100.0%とワクチン接種の顕著な効果を示した。(表3)

 人口100人あたりの累計接種回数が多いイスラエルにおける追跡調査は、新型コロナワクチンは感染、重症化入院、死亡に対する予防効果が高く、懸念されている新型コロナワクチンを突破するブレイクスルー感染の抑制策としても高い効果を発揮しているといえる。

 もっとも、「ワクチンの予防効果がどれくらい継続するのか」「新たな変異株に対してどのくらい有効なのか」――。新型コロナウイルスと同様、新型コロナワクチンについても解明されていない点が多く、ワクチン接種がパンデミックを終息させると楽観視することはできない。

 ワクチン完全接種者を不安に陥れているブレイクスルー感染を過度に懸念する必要はないが、パンデミックは今そこにある危機である。当面はワクチン普及と並行して、「手洗い」「マスク着用」「密閉空間、密集場所、密接場面を避ける」といった地道な新型コロナ対策を継続する必要があるだろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】NHK、新型コロナ ワクチン接種後に231人が感染 厚生労働省まとめ、2021年4月21日

【2】日本経済新聞、チャートで見るコロナワクチン 世界の接種状況は

【3】CDC COVID-19 Vaccine Breakthrough Case Investigations Team, COVID-19 Vaccine Breakthrough Infections Reported to CDC — United States, January 1–April 30, 2021, MMWR website

【4】Postvaccination SARS-CoV-2 Infections Among Skilled Nursing Facility Residents and Staff Members — Chicago, Illinois, December 2020–March 2021, MMWR website

【5】Eric J Haas, et al. Impact and effectiveness of mRNA BNT162b2 vaccine against SARS-CoV-2 infections and COVID-19 cases, hospitalisations, and deaths following a nationwide vaccination campaign in Israel: an observational study using national surveillance data, Lancet 2021; 397: 1819–29

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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