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医療

新型コロナウイルス、変異株の危険性

九州大学教授 馬場園明

2021/06/30

新型コロナウイルス、変異株の危険性

 加藤勝信官房長官は6月25日、新型コロナウイルスのインド変異株(デルタ株)がさらに変異したデルタプラスがこれまでに37件見付かったと明らかにした。【1】 変異株の感染力は従来株の約1.8倍。専門家の間では、7月末に変異株が全体の8割まで増えるという試算も出ている。【2】 

 新型コロナウイルスには、エンベロープという脂質の膜の中にゲノム情報を書き込んだ一本鎖のRNA(リボ核酸)が入っている。エンベロープの表面にある突起状のスパイクタンパク質が感染者の正常細胞に取り付き、新型コロナウイルスのゲノム情報を書き込んだRNAを放出する。

 RNAに侵入された細胞はRNA自体を複製しつつ、ウイルスを構成するタンパク質を合成し、新たなウイルスを作り出す。この繰り返しによって体内で急速にウイルスの数が増えていくことになる。ただ、新型コロナウイルスはRNAを複製する際にそのコピーを間違えることがある。 

 このRNAのコピーの間違いがRNAを変異させる原因になる。RNAが変異すると、アミノ酸基が変わり、タンパク質の形が変わる。タンパク質の形が変われば、ウイルスの感染力や病毒性、免疫逃避機能も変わってくる。

 変異株にはそれぞれ特徴的なアミノ酸基の変異があり、アミノ酸基の変異を示す数字とアルファベットを見れば、ウイルスがどう変異したかが分かる。例えば、アルファ株に見られる「N501Y」は「501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)からY(チロシン)に変異した」ことを表す。(表1)

 一般にウイルスの変異株は、インドで発見された変異株をインド変異株と呼ぶように、変異株が最初に検出された国名を付けた呼称で呼んできた。呼称を機械的に付与していくので単純で分かりやすい反面、変異株が検出された地域への偏見を助長する危険性も懸念される。

 このため、世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルスの変異株にギリシャ語のアルファベットを使った呼称を付与。「イギリス変異株」→「アルファ株」、「南アフリカ変異株」→「ベータ株」、「ブラジル変異株」→「ガンマ株」、「インド変異株」→「カッパ株」「デルタ株」と呼称を変更した。(表2)

 まず変異株の感染力をみる。アルファ株は従来株に比べて1.32倍、ベータ株は1.5倍、ガンマ株は1.4-2.2倍と推定されている。【5】シータ株、カッパ株、デルタ株についてはデータは少ないが、変異株の検証にあたった専門家はいずれも感染力が「高い可能性」があると指摘している。

 次に変異株に感染した場合の重篤度をみる。アルファ株は従来株に比べて1.4倍と推定され、ベータ株も「リスクが高い可能性」が指摘される。【6】 ガンマ株以下、発見からの期間が短いものはデータがほとんどなく、変異株の検証にあたった専門家は、「エビデンスなし」と評価している。

 最後にワクチン効果をみる。アルファ株については、ファイザー製ワクチンは従来株と同様、高い予防効果が確認されている。【7】 一方、アルファ株以外の変異株については、ワクチンによって得られる中和抗体が低下し、「効果を弱める可能性」が指摘されている。【8】【9】【10】【11】【12】【13】

 新型コロナ変異株が流行するイギリスのイングランド公衆衛生局は、アルファ株とデルタ株に対するワクチンの予防効果を明らかにするため、4月5日~5月16日に新型コロナウイルスに感染した人と感染していない人を比較した症例対照研究を実施している。【14】

 新型コロナワクチンの接種者と非接種者を比較し、接種者の症例対照比が非接種者の症例対照比より数値が低ければ低いほど、ワクチンの予防効果があることが示される。そして、ワクチン接種者と非接種者の症例対照比からワクチンの予防確率を計算することができる。

 英イングランド公衆衛生局の研究によれば、1回目接種から21日以上経過した時点で、ファイザー製ワクチンはアルファ株に対して49.2%、デルタ株に対して33.2%の予防確率が確認された。アストラゼネカ製ワクチンについてもアルファ株に対して51.4%、デルタ株に対して32.9%の予防確率が確認された。

 2回目接種から14日以上経過したワクチン完全接種後では、ファイザー製ワクチンはアルファ株に対して93.4%、デルタ株に対して87.9%の予防確率が確認された。一方、アストラゼネカ製ワクチンはアルファ株に対して66.1%、デルタ株に対して59.8%の予防確率が確認されている。(表3、4)

 日本国内でもアストラゼネカ製ワクチンを特例承認しているが、アルファ株に対する予防確率が低い点は懸念材料である。現状、新型コロナウイルスはワクチン接種で完全に防ぐことはできない。ワクチンの効果を過信することなく、「手洗い」「マスク着用」「3蜜の回避」など地道な感染対策を継続する必要がある。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】毎日新聞朝刊2021年6月16日付

【2】時事通信、インド変異株、拡大ペース加速 各地で感染、クラスターも 7月中旬に主流化か、2021年6月16日

【3】厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部、新型コロナウイルス感染症(変異株)への対応、

【4】COVID19有識者会議、SARS-CoV-2変異株の特徴とワクチン開発の動向

【5】Davies NG, et al. Estimated transmissibility and impact of SARS-CoV-2 lineage B.1.1.7 in England. Science. 2021 Apr 9;372(6538):eabg3055. doi: 10.1126/science.abg3055.

【6】Frampton D, et al. Genomic characteristics and clinical effect of the emergent SARS-CoV-2 B.1.1.7 lineage in London, UK: a whole-genome sequencing and hospital-based cohort study. The Lancet Infectious Diseases. 2021 Apr 12;S1473-3099(21)00170-5. doi: 10.1016/S1473-3099(21)00170-5.

【7】Haas EJ, et al. Impact and effectiveness of mRNA BNT162b2 vaccine against SARS-CoV-2 infections and COVID-19 cases, hospitalisations, and deaths following a nationwide vaccination campaign in Israel: an observational study using national surveillance data. The Lancet. 2021 May 15;397(10287):1819–29.

【8】Frampton D, et al. Genomic characteristics and clinical effect of the emergent SARS-CoV-2 B.1.1.7 lineage in London, UK: a whole-genome sequencing and hospital-based cohort study. The Lancet Infectious Diseases. 2021 Apr 12;S1473-3099(21)00170-5. doi: 10.1016/S1473-3099(21)00170-5.

【9】Abu-Raddad LJ, et al. Effectiveness of the BNT162b2 Covid-19 Vaccine against the B.1.1.7 and B.1.351 Variants. New England Journal of Medicine. 2021 May 5;NEJMc2104974. doi: 10.1056/NEJMc2104974.

【10】Shinde V, et al. Efficacy of NVX-CoV2373 Covid-19 Vaccine against the B.1.351 Variant. New England Journal of Medicine. 2021 May;384(20):1899–909.

【11】Garcia-Beltran WF, et al. Multiple SARS-CoV-2 variants escape neutralization by vaccine-induced humoral immunity. Cell. 2021 Apr;184(9):2372-2383.e9.

【12】Hoffmann M, et al. SARS-CoV-2 variant B.1.617 is resistant to Bamlanivimab and evades antibodies induced by infection and vaccination. bioRxiv. 2021 May 5;2021.05.04.442663.

【13】Xianding Deng, et al. ransmission, infectivity, and antibody neutralization of an emerging SARS- medRxiv 2021 Mar 9;2021.03.07.21252647. doi: 10.1101/2021.03.07.21252647. CoV-2 variant in California carrying a L452R spike protein mutation,

【14】Bernal JL, et al. Effectiveness of COVID-19 vaccines against the B.1.617.2 variant. medRxiv. 2021 May 24;2021.05.22.21257658.

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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