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医療

新型コロナウイルスの後遺症

九州大学教授 馬場園明

2021/08/18

新型コロナウイルスの後遺症

 新型コロナウイルスの新規感染者数は7月末から1万人を超え、日本国内の新型コロナウイルス感染者数は100万人を突破した。【1】 感染拡大が著しい東京都では、新規感染者の約9割がデルタ株による感染とされており、ここにきて変異株が感染拡大のペースを上げている。【2】

 8月4~10日の新規感染者8万722人を年齢別にみると、20歳未満=1万5656人(17.3%)、20代=2万6324 (29.0%)、30代=1万6718人 (18.4%)、40代=5012 人(16.5%)、50代=1万1067人 (12.2%)、60代=3517人 (3.9%)、70代=1329人(1.5%)、80歳以上=1099人 (1.2%)だった。

 新規感染者は、20代(29.0%)、30代(18.4%)、20歳未満(17.3%)の順に多く、40歳未満が全体の64.7%を占める。一方、60代、70代、80歳以上を合わせても全体の6.6%に過ぎず、新規感染者が高齢層から若年層にシフトしていることが分かる。【3】(図1)

 また、8月4~10日の新規重症者424人を年齢別にみると、40歳未満=1人(0.2%)、40代=32人(7.5%)、50代=69人 (16.3%)、60代=103人 (24.3%)、70代=140人 (33.0%)、80歳以上=79人(18.6%)だった。新規感染者とは対照的に重症者は高齢層に集中している。

 重症者は70代、60代、50代の順に多く、男女に分けると、50~70代の重症者は男性に多いことが分かる。男女差は80歳以上になると縮小するが、80歳以上人口は女性が多いためとみられる。高齢男性の新規感染は減っているが、感染すれば重症化リスクの高いことに注意すべきだろう。(図2)

 一方、日本国内で新型コロナワクチンの2回接種を終えた人は国民全体の36.1%。65歳以上に限っていえば、83.0%が2回接種を終えている。【4】 新規感染者に比べて重症者が増えていないのは、新型コロナワクチンの効果で高齢層の重症化が低く抑えられているためと考えられる。

 日本国内では、重症化の危険性が高い65歳以上への新型コロナワクチン接種が進んでいる半面、65歳未満のワクチン接種は相対的に進んでいない。今後は新規感染者が多い20~30代、職場や家庭で若年層と接する機会が多い40~50代のワクチン接種が急務となっている。

 ところが、若年層には新型コロナ感染症を風邪と同様にとらえ、マスク着用や外出自粛に積極的でない人も多いという。だが、新型コロナウイルスは風邪と異なり、回復しても後遺症に悩まされている人が少なくない。新型コロナ感染症については重症化のリスクだけでなく、後遺症のリスクも知っておくべきだろう。

 厚生労働省が6月16日に開催した新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードでは、①新型コロナウイルス中等症以上を対象にした後遺障害②新型コロナウイルスの長期合併症の実態把握と病態理解解明③新型コロナウイルスによる嗅覚、味覚障害の機序と疫学、予後の解明――が報告された。【5】

 ①は、新型コロナ感染症が重症化して2020年9月~2021年5月に入院した967人を調査。呼吸器の状態により、「酸素投与無し」「酸素投与有り」「人工呼吸器使用」に分けて入院時と3カ月後を比較したところ、「筋力低下」「息苦しさ」「倦怠感」の症状が3カ月後まで高い頻度で継続した。(図3)

 ②は、2020年1月~2021年2月にPCR検査または抗原検査で陽性と判定され、医療機関へ入院した522人を調査。入院時に「疲労感・倦怠感」「息苦しさ」「筋力低下」「睡眠障害」「思考力・集中力低下」「脱毛」の症状があった人の3割以上は「半年後も症状がなくならない」としており、こうした症状は長引くものと考えられる。(図4)

 ③は、無症状・軽症・中等症の新型コロナ感染者(20~59歳)を対象に2月18日~5月21日にアンケート調査。回答者251人に嗅覚と味覚の状況を尋ねたところ、「嗅覚・味覚障害あり」=37%、「嗅覚障害のみ」=20%、「味覚障害のみ」=4%だった。一方、「嗅覚・味覚障害なし」=39%だった。

 新型コロナ感染症の後遺症は海外でも報告されている。フランスの新型コロナ感染症退院者(退院後110日)を対象にした研究調査によれば、ICU病床退院者は「疲労」「呼吸困難」「睡眠障害」「脱毛」「咳」「記億障害」、一般病床退院者は「疲労」「呼吸困難」「記億障害」「睡眠障害」「集中障害」の後遺症があるとしている。【6】(図5)

 ノルウェーの自宅隔離者247人と入院患者65人の発症6カ月後の後遺症を調査した研究リポートによれば、全体の52%に何らかの後遺症が認められた。【7】 年齢別には、15歳未満は「味覚・嗅覚異常」だけだったが、15歳以上は「味覚・嗅覚異常」に加えて、「疲労」「集中障害」「呼吸困難」が顕著になったという。(図6)

 新型コロナウイルスはスパイクと呼ばれる突起を使って細胞にある特異的な受容体(ACE2)に結合、細胞内に侵入して症状を引き起こす。ACE2は肺や脳、鼻、口腔粘膜、心臓、血管内皮、小腸に存在するため、これらの臓器に関係する自覚症状・後遺症が発生していると考えられる。【8】

 最近の新規感染者の多くが20~30代であり、これら若年層の感染頻度を減らすことなしに日本国内の感染拡大を抑制することはできない。これから新型コロナワクチン接種を控えた若い世代の人たちに新型コロナウイルスの後遺症についても広く伝えていく必要がある。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】厚生労働省、新型コロナウイルス感染症について

【2】東京都福祉保健局、東京iCDCにおける変異株スクリーニング検査について

【3】厚生労働省、データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-

【4】日本経済新聞、チャートで見る日本の接種状況 コロナワクチン

【5】厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード、COVID-19後遺障害に関する実態調査(中間集計報告)、2021年6月16日

【6】Garrigues, E, et, al. Post-discharge persistent symptoms and health-related quality of life after hospitalization for COVID-19 ,Journal of Infection 81 (2020) e4–e6

【7】Blomberg B, et al. Long COVID in a prospective cohort of home-isolated patients. Nature Medicine, 2021.

【8】NI, W, et al. Role of angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) in COVID-19, Crit Care . 2020 Jul 13;24(1):422.

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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編集人 小林健一

 

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