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雇用

第4次産業革命、労働法と社会保障に突き付ける課題

労働政策研究・研修機構研究所長  濱口桂一郎

2018/09/26

第4次産業革命、労働法と社会保障に突き付ける課題

時間・空間の制約を超えた働き方が可能に

 現在、第4次産業革命といわれる経済社会の大変革が世界的に進行している。AI(人工知能)をはじめ、IoT(モノのインターネット)、3Dプリンタ、ロボット、ビッグデータ、クラウドソーシング、モバイルコミュニケーション、遠距離データ通信等々、膨大なバズワードが知的世界を飛び交っている。その中で近年、注目を集めているのが、これらによって労働の在り方自体が大きく変わっていくのではないか、それに対して労働法や社会保障はどう対応していくべきなのか、という問題である。

 もっとも日本では現在まで、働き方改革の名の下に、従来の日本型雇用システムを前提にした法制の見直しが進められており、世界共通の文脈と日本独自の文脈が絡み合っている。

 後者の文脈では時間外労働に上限を設定したり、転勤を抑制したりするとか、非正規労働者との同一労働同一賃金を義務づけるという形で、これまで日本型正社員を特徴づけてきた無限定さ、柔軟性に制限を加えようという方向が打ち出されている。これはこれまでのヨーロッパ社会に近付いていくというイメージであろう。

 しかし、同じ働き方改革の中には世界共通の文脈に沿って、時間的空間的により柔軟な働き方、あるいは指揮命令関係にない個人請負的な働き方を促進する項目も盛り込まれている。前者は雇用型テレワーク、後者は非雇用型テレワークと称されているが、いずれも時間や空間の制約を超えて「いつでもどこでも」働くことを可能にする。自宅でもサテライトオフィスでも、また喫茶店でも、あるいは昼でも夜でも休日でも作業ができるわけである。

 やや皮肉なことに、伝統的な日本型正社員も「いつでもどこでも」社員であった。ただしそれは、夜間でも休日でも働き、会社の命令で来週から北海道勤務だと言われたら転勤するという意味であった。

 これに対し、デジタル化が可能にした雇用型テレワークの時間的空間的柔軟性は、女性や育児・介護責任のある人を働きやすくする。しかし、逆にいつでもどこでも働けるので、働き過ぎの危険は否定できない。とはいえ、それを抑制しようとして、労働時間を厳密に算定するために、「いつでもどこでも」働いているかいないかを監視させるというようなやり方は、せっかく手に入った働き方の自由を奪い取ってしまうことにもなりかねない。

 非常に皮肉だが、今日本政府は、一方で労働時間の上限設定をかけようとしつつ、他方で、その限定がしにくい働き方を推進しようとしているのである。どちらもワークライフバランスに役立つ方向へということだから、矛盾しているというわけではない。しかし、大変皮肉な状況とは言えるように思われる。

デジタル経済、ジョブをタスクへ分解

 非雇用型まで射程を広げると、もっと大きな話になる。歴史的に見て、労働法と社会保障は、ほぼここ100年の間に世界的に発達してきたが、その前提となる働き方は雇用関係によるものであった。産業革命以来、ある程度まとまりのある職務を単位に、ある程度の期間、継続的な雇用契約を締結し、仕事と報酬を交換する仕組みが確立し、世界中に広がってきた。その枠組みを前提に労働法、社会保障が組み立てられてきたのである。

 雇用関係においては、一方に使用者(エンプロイヤー)がいて、もう一方に被用者(エンプロイー)がいる。労働法は使用者に労働者の労働条件について様々な規制をかけ、それを守らせるための仕組みを作ってきた。最低賃金や最長労働時間のような古典的な規制だけではなく、近年は男女差別禁止やワークライフバランスなどもこの枠組に加わってきた。

 ところが経済のデジタル化によって、この基盤となってきた職務が、ジョブからタスクに分解されつつあると言われている。ジョブをタスクに分解し、そのタスクごとに個別に発注して、その成果に報酬を払うという仕組みは、これまでも社会の周辺部分では存在していたが、それが社会の大きな分量を占めるようになるのではないかと指摘されているのである。

 プラットフォーム経済、シェアリング経済、あるいはコラボラティブ経済とも言われているが、クラウドソーシングを初めとする新たな就労形態が急激に拡大すると、今まで雇用契約を前提としてきた労働法、社会保障の基盤が崩れ、新たな自営業の世界が広まっていくことになる。

 これ自体は必ずしも一概に悪いこととはいえない。使用者の指揮命令を受けて働くことよりも、自分の責任の下、自分の判断で働くことは人間の生き方としてむしろ望ましいこととも言える。しかしこういったデジタル経済が生み出しつつある新たな自営業について、欧米の労働組合から指摘されるのは、テクノロジーを使った強力なコントロールのもとにあるということである。

 例えば顧客の評判で点数がつけられ、点数が低かったり、あるいは命じられたタスクを断ったりしたら、そこから排除されるという。雇用契約ならば解雇になり、それをめぐって紛争することはできるが、自営業者であればわざわざ「解雇」する必要もない。アカウントを停止して、それで終わりになる。日本ではまだそうした問題が社会の表面まで現れてきていないが、実際には既にフリーランサーの数は1000万人を超えるという推計もある。

労働社会の大変動がもたらす社会保障の変化

 こうした労働社会の大変動に対して、労働法や社会保障制度はどう変わっていくべきなのか。去る9月5日にとりまとめられた労働政策審議会労働政策基本部会の報告書「進化する時代の中で、進化する働き方のために」では、AI等の労働への影響を分析した上で、「時間・空間・企業に縛られない働き方」の中でも特に「雇用類似の働き方」について、労働者性の範囲を解釈により積極的に拡大して保護を及ぼす方法、労働基準法上の労働者概念を再定義(拡大)する方法、雇用類似の働き方の者に対し、労働関係法令等の保護を拡張して与える制度を用意する方法などを提示している。

 この問題意識は世界同時的である。ここでは近年のEUの政策イニシアティブをごく簡単に紹介しておく。まず、2017年12月21日、EUの厚生労働省に当たる欧州委員会雇用社会総局は「EU における透明で予見可能な労働条件に関する指令案」を提案し、現在欧州議会と閣僚理事会で審議中である。同指令案では、「労働者」の定義規定(一定の時間において、報酬と引き替えに、他人のためにその指揮命令下で役務を遂行する自然人)とともに、オンデマンド労働者[1]、間歇的労働者[2]、バウチャーベースの労働者[3]、プラットフォーム労働者[4]など、その例を明示し、オンコール労働の最低保証賃金時間や最低事前告知期間、最低限の就業予見可能性を義務づけている。時間、空間を超えた働き方の既存の労働法への取り込みという方向である。

 また、2018年3月13日、同総局は「労働者と自営業者の社会保障へのアクセスに関する勧告案」を提案し、やはり欧州議会と閣僚理事会で審議中である。こちらは各種社会保障制度が労働者と自営業者に適用されるようにすることを勧告しているが、その中には失業給付や労災・職業病への給付も含まれている。権利のポータビリティについては、就労初日から社会保険が適用されて保険料の支払いと受給の資格が得られ、契約類型が変わったり、被用者から自営業へ、または、自営業から被用者へ移動したりしても、権利が保持されることを勧告している。

 一方、欧州委員会のデジタル単一市場担当総局は、2018年4月26日、「オンライン仲介サービスのビジネスユーザーのための公正性と透明性の促進に関する規則案」を提案し、現在、欧州議会と閣僚理事会で審議中である。これは、オンライン仲介サービス業者に対し、「職業的ユーザー」の就労条件(資格停止を含む)の明確化、提供物の保留、データへのアクセス、ランク付け等について規定し、苦情処理システムを義務づけている。就労者の非労働者性を前提に、労働法類似の保護を考慮する方向性といえよう。

 はまぐち・けいいちろう 1958年、大阪府生まれ。東大法卒、旧労働省(現厚生労働省)へ入省。欧州連合(EU)日本政府代表部一等書記官、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、労働政策研究・研修機構研究所長。

 

[1] 労使間に継続的な雇用関係は維持されるが、使用者は労働者に対して継続的に業務を提供する義務を負わない。使用者は必要がある場合に労働者を呼び出し、業務に従事させる。オンコール労働とも呼ばれる。労働時間の下限がないゼロ時間契約が典型的である。

[2] 個別的なプロジェクトに従事するため、特定の任務を定期に又は不定期に行う契約。

[3] 使用者が第三者(多くは政府機関)からバウチャーを入手し、現金の代わりにこれを就労者からのサービスに対する報酬として支払う就労形態。家事サービスに利用される。

[4] オンラインプラットフォームを通じて、組織や個人が不特定多数の組織又は個人と接触し、特定のサービスや製品を提供して報酬を得る就労形態

[5] アプリ開発者、若宮正子氏は2017年6月、アップル社の世界開発者会議「WWDC2017」に招待された。(写真:AFP/アフロ)

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