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介護

介護保険の制度的人材難、抜本改革なくして解消せず

鹿児島大学教授 伊藤周平

2018/10/31

介護保険の制度的人材難、抜本改革なくして解消せず

 1997年に介護保険法が成立、2000年4月に施行され、従来の税負担・施設への補助金支給方式から、社会保険・利用者への給付金支給方式へ転換が行われた。もともと、介護保険導入の目的は、増え続ける高齢者医療費を抑制するため、医療から介護を切り離し、より安上がりな介護システムに移行させることにあった。しかし、この仕組みの導入は、介護職員の労働条件を悪化させ、深刻な人材不足をもたらす結果となった。本稿では、介護職員の人材不足が制度的に生み出されてきたものであることを明らかにし、介護職員の処遇改善と人材不足解消に向けた改革案を提示したい。

介護離職者、65%が勤続3年未満で退職

 介護労働安定センター『2017年度介護労働実態調査結果』によれば、介護職員の離職率(2016年10月1日~2017年9月30日)は16.2%と前年度の16.7%とほぼ同水準だったが、採用率は17.8%と前年度の19.4%を下回った。離職率は、ここ数年は16~17%で推移するが、採用率は低下傾向にあり、人材確保の厳しい現状が見て取れる。

 また、離職者のうち勤務年数「1年未満の者」が38.8%、「1年以上3年未満の者」が26.4%と、離職者の65%が就職して3年未満である実態が明らかになっており、職員を採用しても多くが短期間に辞めてしまうのが現状といえる。

 介護の仕事は、ある程度の経験と技能の蓄積が必要だが、必要な経験を積む前に多くの職員が仕事を辞めてしまっており、介護の専門性の劣化が進んでいる。すでに学生が集まらずに廃校に至った介護福祉士養成学校もあり、養成基盤の毀損も回復困難な程度に達している。経験を積んだ介護職員の減少は、要介護者の介護を受ける権利にも影響を及ぼし、介護事故も増加している。

 介護職員の処遇改善には、事業者に支払われる介護報酬の引き上げが必要になるが、3年ごとに改定される介護報酬は引き下げが続き、とくに、2015年の改定では、全体2.27%のマイナス改定となり、介護職員処遇改善加算の拡充分(プラス1.65%)などを除けば、過去最大の引き下げ幅になった。

 『2017年度介護労働実態調査結果』によれば、介護職員の所定内賃金(月給職員)は、22万7275円であり、全産業平均(2016年で月給33万3700円。厚生労働省『賃金構造基本統計調査』)を10万円以上も下回る水準になっている。

 厚生労働省は、2009年度から2015年度まで4回の介護報酬の改定で合計4万3000円(月額)の賃上げ効果があったと説明し、2017年4月には、介護職員の給与を月額平均1万円程度引き上げる処遇改善加算を設ける臨時の報酬改定を行った。しかし、2015年度の介護報酬実態調査では、手当や一時金を除けば、基本給の増額は月額2950円にとどまり、過去4回の診療報酬改定でも、基本給は合計で月額1万3000円増えたにとどまる。

 これは加算制度を設けても加算を算定できる事業者が限られていること、介護報酬本体(基本報酬)が削減され、介護職員の基本給の引き上げにまで資金が回っていないことによる。介護職員の処遇改善は進んでおらず、介護現場の深刻な人手不足は解消される見込みは立っていない。

 職員が集まらないことによる事業所の開設断念や廃業は増えており、2017年の老人福祉事業者の倒産は115件と過去最多を記録している(東京商工リサーチ調べ)。

 2018年の介護報酬改定は、全体0.54%のプラスとなったものの、この程度の微々たる引き上げでは、2015年改定の回復には到底及ばず、介護職員の処遇改善は絶望的といってよい。

介護報酬の引き下げ、介護職員の労働条件に直結

 介護保険で事業者が代理受領する給付金は、サービスを利用した要介護者に支給されるものであるから、従来の補助金のような使途制限はない。つまり、事業者が株式会社であれば、売り上げと費用の差額が収益となり、株主の配当に回すことも可能になる。

 確かに、介護保険の導入で、在宅事業に多くの株式会社が参入し、供給量の拡大がはかられた。しかし、介護保険法のもとでは、株式会社のみならず、社会福祉法人などの非営利法人も介護報酬と利用者の利用料で運営するので、介護報酬の引き下げが続けば、事業の効率化とコスト削減を迫られる。

 介護事業は事業支出の大半を人件費が占めるため、コスト削減は人件費の削減を意味し、必然的に介護職員の労働条件の悪化をもたらす。具体的には、介護職員の賃金引き下げ、正規職員のパート職員への置き換えが進み、職員間の引き継ぎも十分できない状態にある。特別養護老人ホームで1週間に1回以上の夜勤をこなす介護職員も珍しくなく、健康を害する介護職員も増えている。

 介護職員の労働条件の悪化は、介護の質の低下、ひいては介護事故の多発に結びつく。OECD(経済開発協力機構)の調査報告書“Starting StrongⅡ:Early Childhood Education and Care”(2006年)によれば、欧米諸国における実証研究の結果から、利用者補助方式(介護保険の仕組み)よりも施設補助方式(従来の税負担の仕組み)の方が、質の面で統計的に有意に優れていることが立証されている。

 このことは、社会保険・利用者への給付金支給方式をとる介護保険制度のもとでは、介護の質の向上がはかれないことを意味している。介護保険のもとでの介護職員の劣悪な労働条件と人材不足は、まさに制度的にもたらされたものなのである。

介護保険料、所得に応じた定率負担に改革を

 通常のサービス業では労働力不足が顕著になると、市場原理が作用して賃金の上昇がみられるが、介護事業は介護報酬が公定価格であるため、労働力不足が生じても賃金は上昇しない。賃金の引き上げには、介護報酬の引き上げが必要だが、それは国の財政事情など政策判断に基づいて行われる。

 介護保険制度は、給付費総額と保険料が連動する仕組みで、施設やサービス利用が増えたり、介護報酬を引き上げたりすると、介護給付費が増大し、介護保険料の引き上げをもたらす。しかし、介護保険の第1号被保険者の保険料は、定額保険料を基本とし、年金の少ない高齢者からも年金天引きで保険料を徴収するため、保険料の引き上げには限界がある。

 3年ごとに改定される第1号被保険者の介護保険料は、第7期(2018~2020年度)で、全国平均月額で5869円と、2000年の導入時から18年間で倍以上に増えており、介護報酬の引き上げは困難な状況にある。さらに、介護報酬を引き上げても、事業者には使途制限がないため、介護職員の賃金上昇につながる保証もない。

 そこで、介護保険料を所得に応じた定率負担にし、賦課上限を撤廃するなどの抜本改革が不可欠となる。実際、ドイツの介護保険では、保険料は所得の2%程度の定率になっている。そのうえで、人員配置基準を引き上げ、介護報酬を引き上げるとともに、介護報酬とは別枠で看護職員や事務職員も対象にした公費負担の処遇改善交付金を創設すべきである。

 医療・介護分野の雇用創出効果は、公共事業よりも高いことは実証されており、介護職員の待遇改善は、人口減少に悩む地方に若者を呼び戻す契機にもなり、地域再生につながるはずである。

 私見では介護保険法を廃止し、訪問看護や老人保健施設への給付を医療保険による給付に戻し、高齢者や障害者への福祉サービスの提供は、自治体が公費負担で行うべきだと考える

 具体的には、自治体が直接的な福祉サービス提供の責任を負う方式にすべきである。そうすれば、介護事業者が給付金を代理受領するのではなく、自治体から委託費を受けて運営することになり、運営の安定性を確保できるし、委託費を増額すれば、介護職員の労働条件の改善も可能となる。

 いま介護の現場は、介護職員の献身的努力により、何とか支えられているのが現状である。しかし、献身的努力で支えられている制度に持続性はなく、早晩、人材不足で介護保険は制度崩壊の危機に直面する。介護保険には抜本改革が求められている。

 いとう・しゅうへい 1960年、山口県生まれ。東大文、京大法卒。労働省(現厚生労働省)を経て、東大大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。法政大学助教授、九州大学助教授を経て、鹿児島大学法文学部教授。近著に『社会保障入門』(ちくま新書)。

(写真:AFP/アフロ)

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