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財政

少子高齢化と人口流出にどう向き合うか 地方自治体が見出す「3割自治」の活路

弘前大学准教授 金目哲郎

2019/07/24

少子高齢化と人口流出にどう向き合うか 地方自治体が見出す「3割自治」の活路

 少子高齢化と人口の大都市集中に地方自治体はどう向き合うべきか。各自治体が魅力ある地域をつくるために政策のアイデアを出し合い、住民が自分にとって好ましい行政サービスを提供する地域に移住・定住すれば、全国の地方自治体の行政サービスの底上げにつながる。

 米国の経済学者、ティブーは、住民が自分にとって好ましい行政サービスと税負担の組み合わせを提供する地方自治体へ居住地を変更すれば、地方自治体全体が効率化されていくという仮説、「足による投票」を提唱したが、その仮説はいくつかの理由で日本には当てはまらない。

 まず人が「どこに居住するのか」を決める要因は、地縁・血縁、住み慣れた場所への郷愁、進学や就職の機会など様々である。行政サービスの内容や税負担といった条件だけが、住民の居住地選択に影響するわけではない。

 また、日本の場合、自治体間の税負担の違いは小さい。国が地域間の平等を志向したため、日本の地方自治体は均一的な課税方式を形成してきた。地方自治体は個人住民税や固定資産税について地方税法上の標準税率を採用するケースがほとんどであり、各自治体が独自に課税する「法定外税」の税収は、地方税収全体の1%にも満たない。

 では、地方自治体が「足による投票」を促す方法はあるのか。行政サービスが「ヒトの動き」をつくる可能性はないのか。

 日本における均一的な税負担システムの下、住民が「足による投票」を行うとすれば、行政サービスの内容である。例えば、子供が生まれて手狭なアパートから引っ越す場合、地方自治体が提供する保育サービスや乳幼児医療費の助成が充実しているかを考慮して、新居を探すケースも少なくない。行政サービスの内容は、人がどこに住むのかを決める要因になりうる。

 国土交通省が2015年に発表した『住生活総合調査結果』によれば、最近5年間に住み替えをした世帯では、住み替えの理由として「就職、転職、転勤などに対応」を挙げるケースが最も多く、次に「親、配偶者などの世帯からの独立」「住宅を広くする、部屋を増やす」「子育て・教育の環境を整える」「通勤、通学などの利便の向上」の順になっている。また、今後5年間の住み替えの目的の割合をみると、「高齢期の生活の安全・安心や住みやすさの向上」が、実際に住み替えをした目的の割合よりもさらに高くなる。

 この調査結果が示すのは、住み替えの主な理由は、部屋数や間取りの変更といった面を除くと、「働く環境」「教育・子育て環境」「交通の利便性」の向上のほか、「高齢者の生活環境」の向上が今後の住まい方として重視されている。これらは、地方自治体が提供する行政サービスの内容と深くかかわる分野である。(図1)

 次に、地方自治体が行政サービスを行うために支出する歳出をみてみよう。2017年度における全国自治体の決算額の構成は、「義務的経費50.4%」「投資的経費15.5%」「その他経費34.1%」となっている。

 「義務的経費」は、公務員の給与などの人件費、生活保護費などの扶助費、公債費の3つから成っており、地方自治体が任意に増減することはできない。

 「投資的経費」は道路や学校などの建設に使われる普通建設事業費が中心だが、近年は老朽化した公共施設の建て替えや耐震改修などの更新整備が過半を占める。

 「その他の経費」は、委託料などの物件費、公共施設の維持補修費、下水道、病院事業などの地方公営企業の負担金などの補助費、介護保険などの事業会計への繰出金などである。

 このように、地方自治体の歳出の半分は義務的経費で、残る半分についても支出先の決まっているものが多い。地方自治体が国の補助金に頼らずに単独で行う施策や事業は、歳出全体の2割前後という指摘もある。【1】また、自治体歳入の自主財源が少ないことから「3割自治」とも揶揄される。(図2)

 しかしながら、地方自治体はただ手をこまぬいているのではなく、限られた予算制約のなかであっても、若者や高齢者にとって魅力的で特色ある行政サービスを打ち出すべきだ。人口流出にただ歯止めをかけるだけでなく、各人の希望に沿う生活や就労へ橋渡しする政策があってよい。

 参考になるのは、大阪府泉佐野市と連携し、自治体間の住民移住の橋渡しをする青森県弘前市と石川県加賀市の取り組みや、地域に公共交通を張り巡らせ、域内移動を容易にした富山県富山市の取り組みである。

 弘前市、加賀市が泉佐野市と取り組む「都市と地方をつなぐ就労支援カレッジ事業」は、都市部=泉佐野市の就農希望者や仕事に就けない若者を地方=弘前市、加賀市と結び付け、就農や地方移住を図る事業。2016年度から5カ年の総事業費約7億790万円のうち、その2分の1は国の地方創生推進交付金の支援を受ける。

 富山市は、鉄道、路面電車、バスなどの公共交通ネットワークを充実し、高齢者の住みやすさ向上を図る。同市の公共交通ネットワーク充実は、コンパクトシティの取り組みとしても知られるが、富山県の「乗りたくなる公共交通推進事業費補助金」の支援を受けるなど、事業費捻出の工夫もある。【2】

 弘前市、加賀市、泉佐野市の取り組みのように、新住民のリクルートや、地域の内外の人的交流の活発化は、魅力ある自治体づくりのポイントになる。その結果として、地域が活性化し、域内人口が増えれば、税収の増加、行政サービスの充実という好循環が期待できるだろう。

 

 かなめ・てつろう 1971年、神奈川県生まれ。1995年、早稲田大学教育学部卒。平塚市役所財政課主査、弘前大学人文学部専任講師を経て、弘前大学人文社会科学部准教授。横浜国立大学博士(経済学)。

 

【1】地方自治体の歳入歳出総額の見込額である「平成31年度地方財政計画」の歳出の合計額89.6兆円のうち、国庫補助負担金を伴わない単独施策は一般行政経費で14.2兆円、投資的経費で6.1兆円が計上されており、これら単独分が歳出計に占める構成比は全体の22.6%である。

【2】富山県ホームページ「乗りたくなる公共交通推進事業費補助金」。詳しくはwww.pref.toyama.jp/cms_sec/1403/kj00000802-003-01.html  を参照されたい。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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