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年金

公的年金、100年持続に黄信号 2019年財政検証が示す厳しい現実

兵庫県立大学教授 木村真

2020/02/12

公的年金、100年持続に黄信号 2019年財政検証が示す厳しい現実

 年金制度は「100年安心」と聞いたことはないだろうか。厚生労働省は5年に1回、公的年金制度が持続可能かどうかをチェックする財政検証を行っている。この財政検証がおおむね100年先まで見通すものであることから「100年安心」という言葉が生まれたようだ。ただ、ここでいう「100年先まで見通す」ことは「100年先まで持続可能」と同義ではない。

 日本の公的年金制度は、かつて出生率や平均寿命、国内経済などの予測を踏まえて制度を永続的に維持するために必要な保険料を計算する「永久均衡方式」をとっていた。ところが、2004年の公的年金改革から出生率や平均寿命、国内経済などの予測にかかわらず、保険料の水準を固定し、年金制度の持続可能性を100年先まで見通す「有限均衡方式」に変更した。

 公的年金制度が「永久均衡方式」に代えて「有限均衡方式」を採用した背景には、保険料が際限なく引き上げられることへの不安がある。少子高齢化が加速し、出生率が下がる半面、平均寿命は延びる。国内経済の見通しは厳しい。給与は増えず、公的年金の保険料が上がり、可処分所得が少なくなるとの不満が高まっていた。

 また、財政検証が持続可能かどうかを見通す期間を100年先としたのは、公的年金制度が持つ巨額の積立金を減らすという意図もあった。遠い将来まで見通すから巨額の積立金を持たなくてはいけないのであって、もっと現実的な期間を見通すのであれば、巨額の積立金も必要なくなる。これが「100年安心」「有限均衡方式」のきっかけだった。

 今日では「100年安心」の言葉が独り歩きし、様々な誤解を生んでいる。その一つが「公的年金の積立金を活用できるようになった」あるいは「積立金を取り崩すようになった」という誤解だ。公的年金改革を行った当時の坂口力厚生労働相の説明に始まり、現在でも厚生労働省の資料や積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のウェブサイトで、そうした誤解を招く説明が散見される。【1】

 財政検証は、積立金の水準を支払準備金程度まで取り崩すシミュレーション結果を示すが、理論上、そのように取り崩されることはない。財政検証は年金制度の持続可能性を100年先まで見通す計算を財政検証のたびに繰り返しており、次回の財政検証では今回の財政検証から見て105年後、その次の財政検証では110年後…という具合に見通し時期が後ずれしていくためだ。

 そして、100年以降も制度を維持するのに十分な積立金を確保するため、マクロ経済スライドの終了時期も財政検証のたびに後ずれする。経済や人口の見通しが変わらなければ、公的年金の総支給額の何年分に相当する積立金があるかを示す積立度合は「有限均衡方式」でも年を経るごとに「永久均衡方式」に近づき、究極的には同じになる。(図1)100年先まで見通す「有限均衡方式」は、積立金を100年で取り崩すものと思う人がいるかもしれないが、実際上、その通りに取り崩すわけではない。「100年先」は、いわば動くゴールポストなのである。【2】

  「永久均衡方式」と「有限均衡方式」で違いが出るのは、マクロ経済スライドによる給付抑制を止めるタイミングである。「永久均衡方式」は、制度を永続的に維持していくことを前提に給付抑制を長期間、続けていく必要がある。一方、「有限均衡方式」ならば、当面、100年先まで制度を維持できればよいので、給付抑制の期間は短くなる。

 それでは、公的年金制度は「100年安心」なのか? 残念ながら、この問いには「いいえ」と答えねばならない。厚生労働省の財政検証そのものが正直にそれを示している。表1は2019年財政検証において最終的な所得代替率が政府が公約する所得代替率50%以上を確保できるか否かに焦点を絞ってまとめたものだ。

 経済見通しが現状より大幅に上向いても、出生率が予想以上に低下したり、平均寿命が予想以上に延びたりすれば、所得代替率は50%を割り込む。経済見通しがゼロ成長になれば、出生率や平均寿命の動向にかかわらず、所得代替率は50%を切る。そして、経済見通しがマイナス成長に陥れば、マクロ経済スライドで給付を抑制していても積立金は枯渇してしまう。

 現状、積立金は潤沢な水準とはいえず、「有限均衡方式」「永久均衡方式」のいずれを採用しても給付抑制の継続が必要な状況である。「永久均衡方式」から「有限均衡方式」に変えたといっても、現状、積立金を取り崩したわけでもないし、ましてや積立金の取り崩し分を有効に活用できているわけでもないのである。

 日本の公的年金は100年先まで見通し、制度の運営をより確かなものにしようとしているが、如何せん100年先は誰にも見通すことができない遠い将来である。厚生年金の前身である「労働者年金保険法」の施行から約80年。まだ100年、経過していない。この社会は、100年間、何の手直しもせず制度を維持できるほど変化に乏しくはない。「100年安心」は誇張が過ぎるので、「100年見通し」にタイトルを変えた方が誤解も少ないだろう。

 

 きむら・しん 1975年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒、同大学院経済学研究科単位取得退学。北海道大学特任助教、兵庫県立大学准教授を経て、兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科教授。2019年から社会情報科学部教授を兼務。大阪大博士(経済学)。

 

【1】2004年財政再計算で標準ケースの参考試算として永久均衡方式の結果が示されており、有限均衡方式に比べて給付抑制期間が国民年金、厚生年金とも6年延びる。

【2】吉田周平、木村真「公的年金財政検証における財政均衡方式の評価」社会保障研究Vol1, No.1, 192-208(2016年)

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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