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年金

コロナショック、公的年金の支え手減少に現実味 企業負担の緩和を

兵庫県立大学教授 木村真

2020/04/22

コロナショック、公的年金の支え手減少に現実味 企業負担の緩和を

 新型コロナウィルス(COVID-19)が猛威を振るっている。感染拡大がもたらす日本経済への影響は日増しに深刻さを増している。本稿では、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらす公的年金への影響を考えたい。

 公的年金への影響は大きく分けて3つ考えられる。①年金保険料収入②年金給付③積立金の運用収益への影響--である。この中で最も影響が大きいと思われるのが、保険料収入への影響である。保険料収入は、雇用減少と賃金低下の影響を受けて減少するからだ。

 2月下旬に安倍首相の小中高校への臨時休校の要請がなされ、4月1日発表の日銀短観では3月の大企業・製造業の業況判断が7年ぶりにマイナスになった。2月の完全失業率は前の月の1月と同率の2.4%、一般・パートの現金給与総額は速報値で前年比1.0%のプラスになった。【1】これらの数値を見る限り、2月の段階で影響は顕在化していない。しかし、経済活動の自粛に伴い、3月以降は雇用の調整弁として利用されやすい非正規や新卒者の採用に影響が出てくる。

 20歳未満や60歳以上の勤労者が解雇されると、被保険者から外れ、被保険者数の減少に直結する。20〜60歳の勤労者が解雇されると、厚生年金から国民年金に移行するが、失職すれば、年金保険料を納められる状況ではないだろう。また、企業業績の悪化は、賃金、とりわけ賞与に影響を与える。賃金が減少すれば、報酬に比例する厚生年金の保険料収入も減少する。年金財政の悪化は避けられないだろう。

 二つ目は、年金給付への影響である。心配している人も多いかもしれないが、2020年度は年金給付額がすでに確定しており、年金給付額がこれから減ることはない。【2】 年金には経済の実態が遅れて反映される。来年度の年金給付額は、2017~19年度の実質賃金上昇率と今年の物価上昇率がその増減を決める。昨年の消費税率引き上げによる実質賃金の押し下げにコロナショックが追い打ちをかけ、今年度の実質賃金上昇率は大幅なマイナスが予想される。これは、再来年度以降の年金給付額を押し下げる要因になる。

 現在、公的年金は年金財政の悪化要因になる寿命の伸長と被保険者数の減少分だけ、年金給付額のプラス改定幅を抑制するマクロ経済スライドを導入している。すでに述べた通り、被保険者数の減少は避けられないことから、実質賃金の低下に加えて、マクロ経済スライドが発動すれば年金給付額はさらに抑えられることになる。

 マクロ経済スライドは、2004年の制度導入から過去3回しか発動されていない。今年度の発動が決まった際には、「制度導入以来、初めての2年連続発動」という報道があったが、コロナショックの影響で2024年度に予定される次の財政検証までマクロ経済スライドは完全実施されず、未調整分が累積する公算が高まった。【3】 

 未調整分の累積は、年金財政の悪化を将来世代に付け回すことを意味する。また、急激な物価上昇や賃金上昇が生じた際、年金給付額の抑制幅も大きくなる。マクロ経済スライドの調整率は平均余命の伸びを勘案する固定率(マイナス0.3%)に被保険者数の増減率を加味して計算するが、このうち固定率だけでも実施するなど、未調整分の累積を防ぐ方法を検討すべきだろう。

 最後に積立金の運用収益については、コロナショックによる世界的な株価急落により、一時的な悪化は避けられないだろう。日経平均株価は3月19日に1万6552円まで下げ、緊急事態宣言の翌日は1万9000円台まで持ち直しているが、実体経済への影響がまだ明らかになっておらず、何とも言えない。

 しかし、株価急落による損失は、事態が終息すれば回復するだろう。厚生年金の運用利回りは、リーマンショックで相場が急落した2008年度にマイナス6.8%になったが、2009年度はプラス7.5%と1年でマイナス分を取り戻している。年金は将来にわたる長期の制度であり、長い目で見て大きな損失が出なければ問題はない。

 コロナショックは、年金受給者よりも支え手となる被保険者に短期的に大きな影響をもたらす。休業に追い込まれた企業は従業員を解雇するか、休業しつつ雇用を継続するかの選択を迫られる。給与や社会保険料の負担に耐えかねて従業員の解雇に踏み切る企業が出れば、失業給付や国民年金保険料の免除者も増えてくる。

 政府が休業した企業の賃金を肩代わりして、解雇を防ぐという考え方もある。失業者が増えれば、公的年金の被保険者数や保険料収入の減少を招くからだ。イギリスは新型コロナウイルス感染拡大を理由に休業を余儀なくされた労働者の賃金の80%を肩代わりする方針を打ち出した。

 日本にも休業手当の相当部分を助成する雇用調整助成金制度があり、政府は要件緩和などの緊急対策を打ち出している。ただし、社会保険料の負担は残る。社会保険料を苦に雇用調整に追い込まれる企業がないように、社会保険料の免除や猶予など企業の実質的な負担への対応も必要だろう。 

 一方、年金制度が将来にわたる長期の制度であることを鑑みれば、短期的な判断で制度の根幹部分を大きく変えることは避けるべきだ。かつて長引く不況を理由に年金保険料の引き上げ凍結(1996~2004年度)や物価下落を反映しない物価スライド特例措置(2000~2002年度)が採られた。しかし、いずれも年金財政の大幅な悪化につながった。

 リーマンショックが信用不安による危機だったのに対して、コロナショックは人の活動を凍結させる危機である点が異なる。他方、東日本大震災のような自然災害とは異なり、生産拠点が物理的に破壊されたわけではない。そのため、事態の終息とともに、日本経済は回復に向かうものと思われる。とはいえ、長引けば、倒産や解雇など日本経済の傷は深くなる。傷を浅く、回復を早めるためには、収入減への対応や資金の供給など、早期の回復を促す政策を総動員する必要がある。

 きむら・しん 1975年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒、同大学院経済学研究科単位取得退学。北海道大学特任助教、兵庫県立大学准教授を経て、兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科教授。2019年4月から社会情報科学部教授を兼務。大阪大博士(経済学)。

 

【1】「労働力調査」(3月31日)、「毎月勤労統計調査」(4月1日)

【2】今年度の改定率プラス0.2%は、2016~2018年度までの3年間の実質賃金上昇率の平均(マイナス0.1%)と昨年の物価上昇率(プラス0.5%)、2017年度の可処分所得割合変化率(マイナス0.1%)に、マクロ経済スライドによる調整率(マイナス0.1%)が適用されている。

【3】仮に2019年度の名目賃金上昇率を、2019年4月~2020年2月速報までの現金給与総額(毎月勤労統計調査)の対前年同月比の単純平均であるプラス0.1%、2020年度の名目賃金上昇率をリーマンショックの影響があった2009年度のマイナス3.0%として、ほかは2019年財政検証の前提通りとすると、未調整分は2024年度には1.2%まで増える。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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