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年金

年金改正法、65万人が厚生年金に加入 企業のコロナ禍軽減がカギ

兵庫県立大学教授 木村真

2020/07/01

年金改正法、65万人が厚生年金に加入 企業のコロナ禍軽減がカギ

 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、年金制度改正法が5月29日に成立した。改正法は、公的年金について、①60歳以上在職者の年金支給停止の見直し②年金受給開始年齢の柔軟化③短時間労働者への厚生年金の適用拡大――の3つの大きな制度改正を実現した。いずれも政府が2019年財政検証でオプションとして示したものだが、新型コロナ感染症が終息しない日本の社会に改正法がどのような影響を与えるのか検討したい。

 60歳以上の在職者には、在職老齢年金制度と呼ばれる年金支給額を減額する仕組みがあり、給与と公的年金の合計が月額28万円を超えると、公的年金は減額される。制度の背景には、就労者に、公的年金の満額支給は不要という考え方がある。ただ、60歳以上の在職者の側からすれば、給与が増えれば公的年金が減るという逆のインセンティブが働き、これが60歳以上の就労の妨げになっているとの指摘があった。

 厚生労働省が昨年8月に公表した「2019年財政検証」のオプション試算では、65歳以上在職者の在職老齢年金制度の縮小・廃止の効果が示されていた。在職老齢年金制度は65歳未満と65歳以上で制度が異なり、60歳~65歳未満の方が就労を妨げるマイナス効果が大きい。ただ、公的年金の支給開始年齢が65歳に引き上げられれば、60歳~65歳未満の問題は消滅するので、手を付けないだろうという見方もあった。

 ところが、改正法では財政検証が試算した65歳以上の制度ではなく、60歳~65歳未満の制度が見直しの対象になった。現行は給与と公的年金の合計が月額28万円を超えると公的年金が減額されるが、この減額基準を現行の65歳以上と同じ月額47万円に引き上げる。この見直しにより、月額28万円の壁が取り払われ、在職老齢年金制度が60歳~65歳未満のフルタイムでの就労を妨げているという問題は少なくなる見通しだ。

 ただ、減額基準の引き上げによる年金支給額の増加分は2022~2030年度で総額約5620億円と試算されており、この増加分が公的年金制度の持続可能性の問題になるようであれば、代替財源を確保する必要がある。【1】 新型コロナ感染症の流行は、雇用の調整弁にされやすい、高齢・短時間の労働者の就労状況に大きく影響してくるとみられ、60歳以上のフルタイムの就労を促す在職老齢年金制度の見直しが2年後の施行になったのは残念である。

 次の年金受給開始年齢の柔軟化は、受給開始年齢を現行の「60歳~70歳」から「60歳~75歳」に広げるもので、財政検証のオプション試算に示された通りになった。年金受給開始年齢を75歳まで遅らせれば、現役世代の所得水準と比較した公的年金の所得代替率は当然、上昇することになり、年金受給者の選択肢が広がったことは歓迎すべきことだろう。ただ、現行でも受給開始年齢を70歳まで繰り下げる人は少なく、その影響は限定的だろう。

 最後に、短時間労働者への厚生年金の適用拡大である。現在は週20時間働く短時間労働者の場合、従業員数500人超の企業までが厚生年金の適用対象だった。これが2022年10月から従業員数100人超、2024年10月から従業員数50人超の企業にまで適用拡大される。2019年財政検証では、企業規模にかかわらず、週20時間働く短時間労働者を適用対象とする約125万人の適用拡大案が示されたが、今回は約半分の約65万人が適用対象になる。

 短時間労働者への厚生年金の適用拡大は、その立場によって賛否が分かれる政策である。例えば、非正規雇用で短時間労働に就く独身者の場合、厚生年金が適用拡大され、国民年金から年金保険料を雇用主と折半する厚生年金に移行すれば、将来、基礎年金に加えて厚生年金も受給できるようになるので、厚生年金の適用拡大が自分にとってプラスになると考える人が多いだろう。

 他方、パートで働くサラリーマン家庭の主婦の場合、厚生年金の適用拡大で基礎年金に加えて厚生年金も受給できるようになる半面、夫の扶養家族であれば、負担する必要がなかった厚生年金保険料、健康保険料をそれぞれ自分の給与から支払う必要が出てくる。厚生労働省の試算では、月給8万8千円で10年間、厚生年金に加入すると、1カ月につき4600円の厚生年金が受給できるが、毎月の給料から厚生年金保険料、健康保険料が差し引かれることに抵抗感のある人も少なくないだろう。【2】

 それでも、短時間労働者への厚生年金の適用拡大を進めるのは、近年、非正規雇用の短時間労働者が増えており、厚生年金を適用拡大すれば、定額の基礎年金に加えて報酬比例の厚生年金が受給できるようになり、短時間労働者に対する保障を手厚くできるからである。また、サラリーマン家庭の主婦に多い国民年金3号被保険者には、「保険料を納めていないのに基礎年金をもらえるのは不公平」という批判もあり、こうした問題を解消する狙いもある。

 さらに、近年は厚生年金の適用拡大が国民年金の財源確保につながることも理由に挙げられている。公的年金の基礎年金は賦課方式で運営されており、その年の給付に必要な財源を国民年金、厚生年金それぞれの会計に請求する。請求額は国民年金、厚生年金それぞれの合計人数で頭割りする。政府の保険料収入と拠出金がおおむね均衡していれば問題ないが、拠出金が保険料収入を上回る現状では、被保険者の国民年金から厚生年金への移行は国民年金の財政状況を改善する効果がある。【3】

 

 

 つまり、国民年金から厚生年金への移行者が増えて国民年金の加入者(1号被保険者)が少なくなった方が、国民年金にとってプラスになるのである。最近、ニュースで目にするようになった厚生年金と国民年金の統合案は、この究極的な形といってよい。しかし、統合案には、「厚生年金による国民年金の救済策」との批判もあり、それが適切なのかどうか国民への丁寧な説明が必要だろう。

 もっとも、新型コロナ感染症の世界的流行は、今回の年金制度改正法の前提となる日本国内の雇用情勢を一変させつつある。「密閉空間」「密集場所」「密接場面」を避ける活動自粛により地域経済がほぼストップする現在、企業の負担を増やす厚生年金の適用拡大は、従業員の解雇にもつながりかねず、政府は当面、雇用の維持、雇用機会の創出にも目配りしなくては、せっかくの年金制度改革も絵に描いた餅になるだろう。

 中小企業、個人事業者への支援金を始めとする経済対策には、新型コロナ感染症による需要急減を支え、国内雇用を維持していくことに一定の効果がある。しかし、経済対策の予算規模を大きくすれば、雇用は維持されるという話ではない。コロナショックで失われた雇用への対策として、人手不足に陥る業種への就職支援や雇い入れの助成にも力を入れ、新たな雇用機会を創出していくことも課題だろう。

 

 きむら・しん 1975年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒、同大学院経済学研究科単位取得退学。北海道大学特任助教、兵庫県立大学准教授を経て、兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科教授。2019年から社会情報科学部教授を兼務。大阪大博士(経済学)。

 

【1】厚生労働省年金局、年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律 参考資料集、令和2年法律第40号、令和2年6月5日公布

【2】厚生労働省保険局、被用者保険の適用拡大について、2019年12月25日

【3】本稿で、保険料収入と対比している拠出金は、国庫負担を除く保険料相当額であり、図は1人あたりの保険料と拠出金を月ベースで比較したものである。国民年金会計には積立金があり、保険料収入が国庫負担を除いた保険料相当分の拠出金とおおむね均衡していれば問題はないが、現状は保険料収入と拠出金の乖離が大きくなっている。

(写真:AFP/アフロ)

 

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