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財政

感染症に境界なし 地方自治体の新型コロナ対策

兵庫県立大学教授 木村真

2020/10/21

感染症に境界なし 地方自治体の新型コロナ対策

 新型コロナウイルス感染症は、地方分権の重要性をあらためて浮き彫りにした。地方分権は、地域の実情に即して住民ニーズに応えられるように、政策主体を中央から地方自治体へ移管するものだ。新型インフルエンザ等対策特別措置法のもと、都道府県知事はそれぞれの判断で休業要請や時短要請などの感染対策を発令しており、未曽有のコロナ禍は知事の力量や発信力を問う機会にもなった。

 感染症に境界はない。図は、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の市区町村を人口千人あたりの累計感染者数で色分けしたものである。感染者が多い地域は赤色、感染者が少ない地域は白色で示した。これをみると分かるように、感染者の発生状況と県境は一致しない。同じ千葉県内でも、浦安市のように東京都に隣接する地域と太平洋に面した外房の地域では感染者の発生状況は異なる。

 都道府県知事が不要不急の外出自粛を要請した場合、その対象は都道府県全体であり、市区町村の感染状況を反映した要請はなされない。こうした都道府県の境界や市区町村の境界にまたがる問題にどう対応すべきかについては、以前から議論がある。境界にまたがる問題への対応策として代表的なものが、「自治体合併」と「自治体間連携」である。

 少子高齢化や地方集落の過疎化が進んで小さな村落はやっていけるのかーー。「平成の大合併」は、少子高齢化と地方集落の過疎化の対応策としての「自治体合併」の代表例である。また、75歳以上の高齢者を対象にした後期高齢者医療制度は各都道府県内の全市区町村で構成する広域連合で運営されている。これは後者、「自治体間連携」の代表例である。

 かつて高齢者の公的医療保険は、市町村単位の老人保健制度で運営されていたが、財政基盤を強化する狙いで都道府県内の全市区町村で構成する「後期高齢者医療制度」に改められた。その動機は、市町村合併と変わらない。身近なところでは、ごみ処理や徴税事務を複数の自治体が共同で処理するために一部事務組合を設立することがある。これも「自治体間連携」だ。

 自治体合併と自治体間連携で得られるメリットはいずれも「規模の経済」と「範囲の経済」である。例えば、複数の自治体がごみ処理に共同で取り組めば、費用を節約できる。これが「規模の経済」だ。他方、事業を多角化することにより、コストを低減したり、新たな価値を生み出したりすることを「範囲の経済」という。自治体合併により、複数自治体にまたがっていた別々の観光地が一体開発できるようになることなどが、これにあたる。

 では、自治体合併と自治体間連携の違いは何か。それは、それぞれの自治体が独立性を維持できるかどうかという点にある。自治体合併は、複数自治体による事業共同化の究極形であり、費用低減などのメリットが大きい半面、それぞれの自治体の独立性は失われてしまう。自治体合併と自治体間連携のメリットとデメリットは、国や自治体の境界をまたいだ地域問題が少なくないヨーロッパで盛んに議論されてきた。

 同じヨーロッパでも、デンマークのように市町村間の自治体合併が進んだ国もあれば、フランスのように自治体の独立性に重きを置き、自治体間連携が進んだ国もある。イギリスにおけるスコットランド独立問題は、イギリス内の大きな自治体ともいえるスコットランドの独立と連合王国として統一国家を維持することのメリットとデメリットのせめぎ合いの結果とも言える。

 日本国内の新型コロナ感染症患者は合計9万3408人、死亡者は合計1676人にのぼる。(2020年10月20日時点)1日あたりの新規感染者数は500人前後で推移しており、これまでのところ新型コロナ感染症が収束する状況にはなっていない。新型コロナ感染症のような自治体間の境界を超えた広域的課題に、行政の仕組みがどう対応したのか、また何ができたのかについて検証が必要だ。

 筆者の地元である関西には、大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山、鳥取、徳島の各府県と京都、大阪、堺、神戸の各市で構成する「関西広域連合」がある。関西広域連合は3月2日、新型コロナウイルス感染症対策本部会議を設置し、広域連合長の兵庫県知事らが1カ月1~2回のペースで本部会議を開催。問題意識を共有し、マスクやPCR検査を互いに融通した。

 一方、首都圏の自治体間連携の仕組みとしては、東京、神奈川、埼玉、千葉の各知事、横浜、川崎、千葉、さいたま、相模原の各市長で構成する「九都県市首脳会議」(首都圏サミット)がある。9都県市が共有する地域力を生かし、広域的課題へ共同で対処する狙いだが、今年4月以降の首脳会議はわずか3回。新型コロナの感染状況が最も深刻な首都圏の自治体間連携が残念な状況は改めるべきだろう。

 政府が合併特例債を起爆剤に推進した「平成の大合併」は1999年に始まり、2010年に終止符が打たれた。「平成の大合併」の終了後、自治体合併の機運は小さくなっており、今後、広域的課題への取り組みは自治体間連携が増えそうな情勢である。自治体間連携を実効性のあるものにするためには、関係自治体でごみ処理や消防など、共同化できるものから一つ、一つ信頼関係を積み上げていくことが求められる。

 自治体間連携を積み重ねて地域の一体化が進むと、自治体合併の機運が醸成されるようにも思われるが、自治体間連携と自治体合併は両立しない可能性が高い。高知工科大学の肥前洋一教授と筆者の共同研究では、自治体間連携で自治体の事業共同化が進んでいれば進んでいるほど、両自治体の合併に反対する住民が増える傾向があることが明らかになった。【2】

 同研究では、「平成の大合併」で合併候補となった自治体における固有の事情を捨象し、住民の投票行動をモデル化。合併候補となった自治体間で事務の共同で行っていることが、自治体合併の賛成と反対にどれだけ影響を及ぼすかを算出した。これによれば、合併候補となった自治体で構成する一部事務組合が一つあると、合併賛成票は約3~4%少なくなることが分かった。自治体間連携は、自治体合併の妨げにもなるのである。

 「平成の大合併」終了10年目にあたる今年11月、大阪府と大阪市による「大阪都構想」の是非を問う2度目の住民投票が実施される。各種世論調査では、賛成が反対を上回り、「大阪都」の実現は現実味を帯びてきた。【2】 これまで大阪府と大阪市は連携のまずさから「府市あわせ」(ふしあわせ)とも揶揄されたが、近年、府立大・市立大の統合など事業の共同化に取り組んだ実績もある。これらが大阪府市の合併をどう左右するのか。大阪都構想は広域課題への新たな取り組みを示すものともいえ、大阪府民、大阪市民の判断に注目したい。

 

 きむら・しん 1975年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒、同大学院経済学研究科単位取得退学。北海道大学特任助教、兵庫県立大学准教授を経て、兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科教授。2019年から社会情報科学部教授を兼務。大阪大博士(経済学)。

 

【1】Shin Kimura, Yoichi Hizen (2017), “Does Inter-municipal Cooperation Lead to Municipal Amalgamation? Evidence from Japanese Municipal Referenda.”, 2017 IAAE Conference.

【2】日本経済新聞朝刊2020年6月30日付ほか

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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