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年金

国民年金、財源を税金にできない理由

兵庫県立大学教授 木村真

2021/11/10

国民年金、財源を税金にできない理由

 菅義偉前首相の後継を決める自民党総裁選が9月29日に実施され、岸田文雄元政調会長が新総裁に選出された。総裁選には岸田、河野太郎、高市早苗、野田聖子の4氏が立候補し、候補者の河野太郎氏が国民年金の財源を保険料から消費税に切り替える年金改革を主張し、注目を集めた。

 河野氏は、これまでも20歳以上の国民全員が加入する国民年金の財源を「保険料」から「消費税」に、会社員や公務員が加入する厚生年金の財源を若い世代が高齢者を支える「賦課方式」から保険料を運用して将来の給付に備える「積立方式」に切り替えるよう主張していた。

 国民年金の財源を保険料から税金に切り替えようという議論は過去にもあった。福田康夫内閣では国民年金の財源を税金に切り替えた場合に必要な財源規模や切り替えの影響が検討されたが、2012年に税と社会保障の一体改革に関する民主、自民、公明の3党合意が成立し、今日に続く年金改革の骨格が定まった。

 国民年金の財源を保険料から税金に切り替えれば、年金未加入者はいなくなる。また、氷河期世代で低年金、無年金が想定される高齢貧困者の問題にも一定の歯止めをかけることができる。ではなぜ財源の切り替えが実現しないのか。3通りの実現方法にはそれぞれ問題がある。

 一つ目は、過去に保険料をどれだけ納付したかにかかわらず国民年金を一律に給付する方法である。この方法ならば、受給年齢に達した人に等しく一定額を給付できるが、現役時代に保険料をきちんと納付した人と納付しなかった人の間に生じる不公平が問題となる。

 二つ目は、現行の国民年金とは別に税金を財源とする新たな基礎年金を創設する方法である。この方法では、現役時代に国民年金の保険料を納付した人と納付しなかった人の不公平感はない。だが、現行の国民年金の保険料に加えて新たな基礎年金の財源となる税負担が加わり、家計の負担は大幅に増えてしまう。

 三つ目は、保険料の納付実績と財源を税金に切り替えてからの期間に応じて国民年金を給付する方法である。この方法では、財源が税金に切り替わるまでに、どれだけ保険料を納めたかという保険料の納付実績と税金に切り替わってから、どれだけ時間が経過したかという期間で給付に差を付けるのである。

 保険料を納付していた人は多めの受給額、納付しなかった人は最低限の受給額にすれば、不公平感も生じない。ただし、この方法は、個々の事情によって受給額を減額する仕組みなので、国民全員が満額受給できるようになるのは制度改正時に20歳の人が65歳になる45年後である。

 仮に今年から国民年金の財源を税金に切り替えたとしても、国民年金に加入していなかった65歳以上の高齢者が無年金であるという状況は変わらない。財源の切り替えが未納未加入による低年金や無年金の問題への対策として実効性が上がるまでには非常に長い時間がかかるのだ。

 今回、国民年金の財源を税金で賄うという考え方が出てきた背景には、年金財政を健全化するマクロ経済スライドの発動で国民年金の給付水準の低下が見込まれることや氷河期世代が定年を迎えるようになると低年金や無年金の人がさらに増えることへの懸念がある。

 国民年金は保険料の納付を強制できないので、非正規雇用者は未納未加入になりやすい。一方、厚生年金は保険料が給与から源泉徴収されるので、未納未加入の問題は生じない。さらに厚生年金に加入すれば、国民年金だけでなく報酬比例分の厚生年金も受給できるので、無年金だけでなく低年金への対策にもなる。

 例えば、2016年から厚生年金の加入対象になった月収8万8000円の短時間労働者の場合、厚生年金の保険料は事業者、労働者あわせて1万6000円と国民年金の保険料1万6000円と同額だが、年金受給時には国民年金6万5000円に加えて厚生年金の報酬比例分1万9000円が受給できる。【1】

 政府が国民年金加入者の厚生年金への移行を進める背景には、厚生年金よりも国民年金の積立金に余裕がないという事情もある。今後、厚生年金、国民年金の財政を健全化していくためには給付削減を進める必要があるが、現状は厚生年金より国民年金をより多く給付削減する必要がある

 他方、短時間労働者への適用拡大などで国民年金加入者が厚生年金へ移っていくと、厚生年金の財政は悪化する。厚生年金の側からすると、短時間労働者への適用拡大などで保険料が少ない加入者が増えることになり、厚生年金加入者の一人当たりの積立金が少なくなるからだ。【2】

 厚生労働省が公表した「2019年財政検証」のオプション試算によれば、厚生年金の対象を月収5万8000円以上に拡大しても所得代替率の改善幅は5%程度に過ぎない。そもそも厚生年金の保険料が国民年金の保険料を下回ることがないように厚生年金の適用拡大の下限が月収8万8000円に落ち着いた経緯がある。

 厚生年金の対象者を月収8万8000円未満に拡大すると、国民年金の保険料を納めるより厚生年金の保険料の方が少なくなってしまい、不公平感が出てくる。このため、今後、政府が国民に約束する年金給付水準が維持できなくなった場合、厚生年金の適用拡大よりも国庫負担の引き上げが有力な選択肢になる。

 国庫負担を引き上げ、その財源を確保するために消費税を引き上げるとなれば、それは取りも直さず国民年金の財源を税金で賄う税方式に近づくことを意味する。国民年金の財源をすべて税金に切り替えることは抜本的な改革というより現行制度がたどり着く未来の姿なのかもしれない。

 政府が取り組む厚生年金の適用拡大や国庫負担の引き上げは当面の低年金、無年金への対策にはならない。政府が即効性のある所得補償を考えるとするならば、厚生年金の適用拡大や国庫負担の引き上げにとらわれず、所得税の給付付き税額控除やベーシックインカムなど新たな仕組みの導入を検討すべきだろう。

 

 きむら・しん 1975年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒、同大学院経済学研究科単位取得退学。北海道大学特任助教、兵庫県立大学准教授を経て、兵庫県立大学大学院情報科学研究科教授。大阪大博士(経済学)。

 

【1】厚生年金の保険料は使用者と労働者で折半する。月収8万8000円の短時間労働者の1カ月の保険料は、労働者が8000円、使用者が8000円になる。

【2】第21 回社会保障審議会年金部会(2014年6月3日)の資料にあるように、厚生年金の適用拡大が報酬比例年金の平均的な給付水準を引き下げ、国民年金の救済効果を持つことは、公的年金財政検証でも示されている。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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