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介護

介護職の採用に1人60万円、残念な介護報酬の使われ方

日本経済研究センター主任研究員 小林健一

2018/11/28

介護職の採用に1人60万円、残念な介護報酬の使われ方

 介護施設の人手不足が顕著だ。少子高齢化の進展で介護保険の需要は増える一方だが、介護サービスの担い手である介護職員の手当てが追いつかない。政府は、介護職員処遇改善加算を通じて介護職員の待遇改善を進めているが、介護施設の人手不足に歯止めはかからない。待遇改善が人手不足の解消に結びつかない背景には、介護職の専門性が確立せず、離職率が高止まりする状況がある。

 厚生労働省『2017年度介護従事者処遇状況等調査結果』によれば、介護報酬の「介護職員処遇改善加算」を取得した事業所は全体の91.2%。処遇改善加算を取得した事業所の介護職員の平均月額給与は29万3450円(月給・常勤者、2017年9月)と前年同月に比べて1万2200円増えている。看護職員(37万1430円)や理学療法士・作業療法士(34万4490円)との間に開きはあるものの、待遇改善が進んでいる様子がうかがえる。

 一般に、待遇改善が進めば、労働需給は改善し、人手不足は解消していく。だが、介護職の場合、離職率が高止まりし、人手不足が解消しない状況だ。介護労働安定センター『2017年度介護労働実態調査』によれば、過去1年間の離職者数を従業員数で割った離職率は、16.2%(介護職員・訪問介護員の合計)。採用者数を従業員数で割った採用率(17.9%)を上回るものの、1年間に全従業員の2割近くが退職する高い水準にある。

 日本には、介護職の基本知識、技術を習得する「介護職員初任者研修」の修了者、介護福祉士の受験に必要になる「介護福祉士実務者研修」の修了者、介護の専門知識、技術を証明する国家資格である「介護福祉士」の有資格者が存在するが、介護施設が採用すれば、無資格であっても介護職員として働くことができる。

 前掲の『2017年度介護労働実態調査』によれば、介護職員の平均勤続年数は5.2年、訪問介護員の平均勤続年数は5.7年。ただ、過去1年間に離職した人の勤続年数を調べると、勤続年数が「1年未満の人」が38.8%、「1年以上3年未満の人」が26.4%と両者を合計すると、65.2%にのぼり、就業から短期間で離職する人が多く、そうした人たちが介護職員、訪問介護員の平均勤続年数を押し下げていることが分かる。

 介護の現場で話を聞いていくと、「介護職員には、3年目の壁がある」という。介護職員になって1年目は何でも知らないことばかり。だが、2年目になると、仕事は一度、やったことの繰り返し。3年目になると、「違った仕事に就きたい」と、退職を申し出るケースが多いという。実際、離職率が高水準で推移し、止むを得ず、民間の人材紹介会社に紹介料を支払って、欠員を補充する介護施設も出ている。

 民間企業である人材紹介会社の紹介料はまちまち。ただ、介護施設だからといって紹介料が安いわけではなく、紹介料は、紹介人材の年収の2割が相場だという。介護職員の月額給与の平均値とされる29万3450円(月給・常勤者、2017年度介護従事者処遇状況等調査)をベースにすれば、人材紹介会社を通じて欠員補充を行うと、介護職員1人につき60万円前後の採用費用がかかる計算だ。

 介護施設の側からすれば、介護事故が起きないように、採用費用がかかっても、優秀な人材を採用したいというニーズがある。ただ、介護施設の収入は税金と保険料で賄われる介護報酬であり、そのような介護報酬が直接、介護にかかる費用ではなく、人材紹介会社の紹介料に使われているのは残念なこと。介護職員の採用費用は制度設計以上にかかっていることを意味しており、介護施設は職員の定着率を高め、待遇改善により多くの配分が行えるようにすべきだ。

 介護職員の定着率を高めようとする、京都における2つの取り組みは参考になる。1つは、共同研修による介護職員の課題の可視化。京都府、滋賀県などで介護施設を運営する7つの社会福祉法人は職員研修を「リガーレ暮らしの架け橋」(京都市、山田尋志理事長)に委託し、職員をリガーレ本部に派遣。リガーレは、「採用時研修」「専門研修」「役職者研修」など、段階別の集合研修を年間約60回、開催し、介護職員が自らの課題を発見するよう促す。

 介護は、もともと家庭の主婦など、要介護者の家族が経験に基づいて行ってきた経緯があり、一見、「誰にでもできる仕事」と思われがち。施設内での仕事が多く、外部から刺激を受ける機会も少ない。7つの社会福祉法人の介護職員が一堂に会する集合研修に参加することで、「次の課題を発見し、専門性を高めようとする職員が増えてきた」(リガーレに職員研修を委託する社会福祉法人六心会の堤洋三理事長)という。

 もう一つは、京都府が福祉施設を点検し、若者が安心して働ける福祉施設を認証事業所として公表する「きょうと福祉人材育成認証制度」。「新規採用者研修の実施と公表」「人材育成を目的とした年1回以上の面談の実施」「給与体系または給与表の全職員への周知」「概ね10年目までのキャリアパスの作成と公表」など、17項目の認証基準をクリアすれば、京都府が福祉情報サイトで認証事業所として紹介する。

 認証法人は2018年11月時点で276法人。さらに、離職率や有資格者数などの点で優れた施設を「上位認証」(三ツ星、18年11月時点で11法人)として公表し、福祉施設が目指すべき方向性を具体的に示す。施設の側からは「離職率が低下し、組織の安定やサービス向上につながった」との声もある。高止まりする離職率を下げ、職員の定着率を高めるためには、介護職のキャリアパスの明示とプロフェッションとしての専門性の確立が必要だろう。

 こばやし・けんいち 1970年、愛知県生まれ。慶應義塾大学経済学部、同大学院経済学研究科経済政策専攻修了。1997年日本経済新聞記者。2017年日本経済研究センター主任研究員。2018年日本経済研究センター WEB編集長 兼 主任研究員。

 

※ 政策ブログ『財政・社会保障研究会』の新規の掲載は年明けから再開します。

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