
2018年5月31日の経済財政諮問会議で加藤勝信厚生労働大臣(当時)から2040年の社会保障費が約190兆円になるという推計が示された。(図1)
少子化と長寿化により日本の少子高齢化はこれからも続く。1975年に人口問題研究所(現国立社会保障・人口問題研究所)が予測したように、合計特殊出生率2.0以上を維持していれば、出生数は200万人を維持するはずだった。しかし、2060年の出生数は50万人程度にとどまる見通しで、出生率が若干上昇したとしても、人口の維持は困難である。(図2)
人口推計が外れたのは出生率・出生数だけではない。1980年の人口推計では、男性の平均寿命は75歳、女性は80歳で65歳以上人口はピーク時でも約2500万人と考えられていた。しかし、2017年の人口推計では、2065年に男性の平均寿命が85歳、女性は91歳まで伸びる見通しで、65歳以上人口は2040年前後に4000万人になると試算されている。
人口推計から日本の人口を展望した場合、2つの重要な時期がある。1つ目は、団塊世代が75歳に到達する2025年である。65歳以上人口は3500万人と、高齢人口が大きく増えるわけではないが、高齢者の年齢構成が変化し、要介護リスクが高く、平均医療費も高い75歳以上人口の割合が急上昇する。
2つ目は、団塊ジュニア世代が65歳に到達し始め、労働人口が大幅な減少に向かう2040年である。2012年の社会保障税一体改革は、2025年における社会保障制度の持続可能性を高めるもので、これまで2040年を見据えた議論は進んでいない。
2018年5月の経済財政諮問会議は、ようやく2040年を視野に入れた議論を始めたといえる。しかし、現在の推計には多くの留意が必要であり、2040年の社会保障費約190兆円は過小推計である可能性が高い。
まず医療・福祉分野の労働力確保である。現在、医療・福祉分野で全労働者の13%が働いているが、高齢者が増加する2040年には全労働者の18%が働く必要がある。労働需要が増える一方、労働人口が減少すれば、賃金を引き上げる必要が出てくる。こうした賃金上昇は、社会保障費を想定以上に膨らませる可能性がある。
次に、政府は健康増進や介護予防により、高齢者の通院回数や要介護率の抑制が図られるとしているが、在宅医療や在宅介護の推進による医療費、介護報酬の抑制と同様に、国民の対応次第で「捕らぬ狸の皮算用」ということになる。
さらに重要なのは、1人当たりの年金給付を引き下げるために導入されたマクロ経済スライドにより、対賃金上昇率で評価すると、厚生年金は20%、国民年金(基礎年金)は30%程度少なくなると想定していることだ。
マクロ経済スライドは、2040年の高齢者、すなわち団塊ジュニア世代の老後にどのような影響を与えるだろうか。人生の大半において経済成長を経験した団塊世代と、バブル崩壊後に社会に出てほぼ人生にわたり、低成長、デフレ経済を経験した団塊ジュニア世代の老後の備えは全く異なる状況になっていることは十分考慮すべきである。
団塊世代は、正社員が多く、持ち家率も高く、個人差はあるものの全体としてはそれなりに老後資産を蓄積している。これに対して、団塊ジュニア世代は、非正規労働者が多く、老後の準備は不十分である。2014年の年金財政検証では、マクロ経済スライドが2043年まで適用されることになっており、団塊ジュニア世代は年金水準も低下し終わった状態で退職する。
図3は、2014年を起点にして、モデル世帯の年金水準(所得代替率)が今後どの程度低下するのか。そして年金水準の低下分を補う選択肢として、①国民年金(基礎年金)の加入期間を現行の40年から45年に延長した場合②年金支給開始年齢を67歳あるいは69歳まで繰り下げ、その間、厚生年金に加入する場合③公的年金を企業年金や個人年金などの私的年金で補う場合――を示している。
仮に①~③のような補完的な対応が行われず、マクロ経済スライドの影響が緩和されない場合はどうなるのか。年金財政は安定するものに、貧困高齢者や高齢の生活保護受給者が急増することが多くの研究で確認されている。つまり、マクロ経済スライドは年金財政を安定化させる一方、生活保護財政を悪化させるのである。
団塊ジュニア世代は、前述のように、非正規労働者が多く、国民年金のみの割合が高いので、もともと年金水準が低くなっている。これに、マクロ経済スライドがダメ押しをすることになる。
持ち家ではない高齢者は少ない年金から家賃を捻出することになるが、そもそも年金給付水準の設定において住宅確保にかかる支出は想定されていない。未婚率が高く、持ち家率が低いまま老後を迎える団塊ジュニア世代のかなりの人数は、生活保護の住宅扶助を利用しない限り、まともな居住を確保できなくなる。
昨年5月の経済財政諮問会議で議論された社会保障の将来見通しには、こうした部分が全く考慮されておらず、生活保護を中核にする「その他福祉向け給付」がほとんど増えないという極めて楽観的な想定をしている。
経済財政諮問会議の議論は、財政の辻褄合わせしか考えず、社会保障制度の包括的、長期的な視点や制度補完性の視点を見落とした議論をしている。【1】 もちろん、生活保護の水準を引き下げ、表面的に財政的な辻褄を合わせることも考えられるが、そうすれば生活基盤すらままならない高齢者が街中にあふれ、社会不安や犯罪という別の問題が発生するであろう。
日本経済の不遇な時代を経験した団塊ジュニア世代が高齢者になる2040年の社会保障を維持するためには、差し当たり、①退職年齢を遅らせ、60代後半まで就業機会を提供する②厚生年金がない労働者については、英国のNEST(国家雇用貯蓄信託)のような個人年金制度に原則、強制加入にし、若い時期はハイリスク・ハイリターンを目指すターゲット・デート・ファンドへの投資を推奨する③スウェーデンなどのように、低所得高齢者向けの住宅手当をつくり、持ち家のない低所得高齢者の生活保護流入を抑制する④要介護の高齢者でも賃貸住宅を利用できるようにする住宅支援ならびに低価格の介護付き賃貸住宅の普及を促進する⑤認知機能が低下した高齢者の買い物や銀行取引をサポートする日常生活サービスの供給体制を整備する――といった対策が急務だろう。
こまむら・こうへい 慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。駿河台大学経済学部助教授、東洋大学経済学部教授を経て、慶應義塾大学経済学部教授。2016年から慶大ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長を兼務。東洋大博士(経済学)。



【1】 筆者は、社会保障制度を包括的、長期的に検討するため、「社会保障制度審議会」の復活を提唱している。詳しくは週刊エコノミスト(2018年11月26日号、同12月4日号、同12月11日号)を参照されたい。
(写真:AFP/アフロ)
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