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医療

出産は病気? 妊婦加算225円があぶり出す潜在的不満感

中央大学教授 真野俊樹

2019/01/23

出産は病気? 妊婦加算225円があぶり出す潜在的不満感

 2018年4月から導入された妊婦加算が12月13日に廃止になった。妊婦加算は、胎児への影響を考えて妊産婦へどのような薬を投与するか、また投与しないかという判断や流産や死産の原因にもなる感染症に注意を払うという難易度の高い医療行為に対する診療報酬。これが「妊婦税」「初診225円の負担増」と喧伝され、1年もたたないうちに廃止に追い込まれた。

 政府が医療機関に支払う診療報酬には2つの役割がある。1つは、公的な健康保険でカバーできる、通常は3割負担、言い換えれば7割引で医療サービスを受けられる範囲を決めることである。もう1つは、医療機関を政府の考える方向に誘導するインセンティブである。

 日本の医療機関の多くは民間組織であり、経営の方向性は経営者に任されている。この民間組織を目的達成の方向に導くのが加算である。簡単に言えば、政府が狙う方向に誘導するため、その施策を行ってくれた医療機関に従来からの診療報酬に加えて追加報酬を支払うという仕組みである。

 診療報酬による医療機関の誘導はこれまで一定の成果を収めてきた。たとえば、2018年4月の診療報酬改訂では、救急医療体制の計画的な整備のため、特定の保険医療機関が救急医療を受けて緊急入院した重症患者を受け入れた場合、入院日から7日を限度に診療点数を加算する救急医療管理加算ができた。こうした加算の効果もあって、これまで積極的に取り組む医療機関が少ないといわれてきた救急医療は徐々に充実してきている。

 加算は医師や医療機関への報酬であり、患者には直接関係のない話と思われがちだが、そんな単純な話ではない。医療機関を受診すると自己負担が発生し、加算にも自己負担が発生するからである。

 妊婦加算の初診で「225円」、再診で「114円」の負担増とは、自己負担3割の場合、国が初診に750円、再診に380円の加算を付けたことになる。自己負担がなければ、患者や利用者が加算の存在を知ることは少ない。しかし、自己負担がある以上、患者は市場原理で動く。つまり、加算が自分にどんな価値があるかを考えるのである。

 

 そもそも診療報酬の自己負担の意味は何かと考えれば、患者の自己負担をなくしてしまうと、患者が過剰な診療を受けてしまうという考え方に基づく。そのために診療行為に応じて一定割合の自己負担が発生するという仕組みである。

 日本では、現在、6~70歳まで3割(70歳以上でも現役並み所得者は3割)となっており、診療費が5万円かかれば1.5万円が自己負担となる。これだけなら納得感は得られやすい。しかし、これに加算が加わってくると、話はややこしくなる。

 筆者は、加算という考え方に患者不在であることが問題ではないかと考える。例えば、救急医療のように、何が何でもなんとかして欲しい場合には、患者は金銭に対して無頓着になり、細かい金額はあまり気にかけないであろう。しかし、1回1回、何がどう行われたかが明確になる診療行為では、細かな金額まで気になってくるはずである。

 今回、それが産科診療でクローズアップされたわけだが、産科診療にはそれだけではなく、産科医療の特殊性も背景にある。少子高齢化が大問題になっている我が国では少子化対策は重要な政策に挙げられている。

 正常な出産では、診療報酬の代わりに出産一時金が医療機関に支払われ、通常、出産一時金の金額を下回る費用で出産が可能なので、自己負担は実質ゼロといっていい。しかし、例えば、帝王切開をしたりすれば、医療費の3割が自己負担になってしまう。このあたりの仕組みが、少子化対策が重要と言っておきながら納得がいかないと思う人も多かったのではないか。

 筆者は、かつて新聞紙面で以下の論説を発表したことがある。

 「関係者による合議制である中医協で、診療報酬や薬価など医療の値段を決めるのは、日本的な優れた仕組みかもしれない。また、医療の価値はお金だけで決まるものではないとの声も医療側にはある。しかし結局は、配分するお金の多寡で、医療の進むべき方向を誘導しているのが、中医協を軸とした現在の医療政策のあり方だ。過剰な成果主義は今や、一般の企業でも問題視されている。(中略)医療政策においても、もっと金銭によらない動機付けを考えるべきだ。」(読売新聞朝刊2012年5月3日付)

 政策立案者や医療者は専門家としての矜持を持っている。さらに、国民皆保険、高額療養費などが充実する日本においては、患者が金銭面で悩むことなく医療機関を受診できることが原則だった。しかし、時代は変わり、少額であっても金銭負担を気にする国民が増えてきた。

 こうした変化に伴い、政策立案者や医療者も患者を医療のステークホルダーとして強く意識する必要が出ているのではないか。診療内容によっては、自己負担がないような診療の仕組みを作ることが必要かも知れない。さらにいえば、少子化対策が急務である日本では、疾病を持った妊婦にも自己負担ゼロで出産できる仕組みを作るのが望ましいのではないか。これは、なかなか進まない診療報酬全体の改革とは異なり、仕組みとして手当てが可能なのである。

 まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

 

(写真:AFP/アフロ)

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