
医療が身近なものになりつつある。一つは、高齢化社会を迎えて、病気や介護が身近な問題になってきたということがある。これは、医療や健康をテーマにしたテレビ番組が増えていることからも裏付けられる。日々の食事や運動を通じて、病気を防ごうという人も増えており、医療や健康の知識は相対的に増えている。
もう一つは、医療従事者の増加である。(表)現在の医療従事者数は823万人と全就業者の12.5%を占めている。医師国家試験合格者も年間9000人を超え、就労者全体に占める医師の割合は高まっている。医師や看護師などの医療従事者が身近にいるという人も増えているに違いない。
近年はビジネスマン向けの経済誌でも医師自体の特集が組まれることが珍しくない。医師自体とは医師の生活、医師を養成する医学部についてで、ビジネスマン向けにもかかわらず、ビジネスマンに直接関係のある医療や健康についての特集ではないことが特徴である。
一方、医療従事者の側も様子が変わってきた。以前であれば、聖職という立場で、自らの腕を磨くことに専心することが推奨され、時間外労働に代表される労働者的な概念はなかった世界である。
例えば、筆者が勤務医だった20年前には、医師に一定時間以上の残業代を支払わない理由として、「医師は管理職扱いなので労働者ではない」と言う説明をされた記憶がある。時間外手当は20時間分だったが、実際の時間外労働は100時間を有に超えていたと思われる。
近年の「働き方改革」の動きもあって、「医師も労働者である」という考え方を持つ人が増えてきた。時代の流れとして当然のこととも言えるが、それに伴い、言葉を選ばずに言えば、医師が世俗化している様子も見受けられる。
一方、医療従事者以外の人から見れば、「医師も自分たちと同じ労働者であったのか」と医師を身近に感じる場合も多いだろう。
医師の数が少ない時代には、医療機関の大小にかかわらず、医師の診察待ちには長蛇の列ができた。1時間、2時間を待合室で過ごすことも当たり前だったが、今日、都会の診療所で診察を受けようとすれば、そんなに混み合っていない。
医師の働き方改革で、医師の労働時間の多さが話題になっているが、かつては1ヶ月のうち半分以上は病院に泊まりこんで診察にあたるということも普通にあった。そうでなければ、通常の診察ができなかったのである。
そういった点を考えれば、医師の数が増えて、世俗化していくのも悪いことではない。もう少し、前向きな話で言えば、まだまだとのお叱りもあるが、夜間・深夜の救急医療の充実も医師の数が増えてきたことの賜物だろう。
一方、先程の表を見ると、医師を含む医療従事者の数は、2040年には全就業者の20%弱まで増えることになる。政府の歳出に占める医療費の割合が高まり、診療報酬も頭打ちになっていることを考えると、これからの医師は公的な保険診療外でどのように収入を得ることができるかを考えなければならない時代になるのではないだろうか。
将来を危惧する医師の変化として面白い現象がある。匿名医師による医師、医学生のお金にまつわる本が一般書店のベストセラーになっているのだ。本の内容、値段からから考えても、医師しか買わないであろうお金の本が、アマゾンのランキングで100位代に入るのである。
もちろん医師が金銭的な感覚を持つことは悪いことではない。しかし、これまで医師の在り方としては、医師は医業で稼ぎ、それを金銭だろうと労働だろうと、医療に再投資していくことが求められてきたのである。
医業以外の、例えば、株式投資や不動産投資で本業以上に稼ぐという姿は、病院経営者など一部の医師においてはあり得る姿かもしれないが、医師が医業以外で稼ぐということが堂々と語られることには、国民感情として少し違和感があるのではないだろうか。
このように一見いびつな状況になってしまったことにも理由がある。一つは、これまでと異なり、医業の将来性が見通しにくくなったということが挙げられる。ここで言う将来性とは、必ずしも金銭面のことだけではないが、医学部が難関になっていく中、やはり投資や努力をした分を回収したいと思う医師が増えてもおかしくない。
私の立場としては、医師はやはり本業で稼いで欲しい。そのためには公的な保険診療外の医業をもう少し考慮してはどうだろうか。
ここで保険診療外の医業と言っているのは、美容整形などの自由診療ではない。もちろん不動産投資や株式投資のことでもない。
患者の立場に立ち、病気や病気とまで言えない体調不良を幅広く予防するといった、公的な保険診療には馴染まない医業を通じて、医師としての価値を提供し、その対価として収益を得るという意味である。
もちろん、こうした医業は自由診療になるので、患者に価値を感じてもらえない医師や医療機関は選択されないことにもなる。
しかしながら、患者の側からすれば、株式投資や不動産投資に精を出す医師に診察してもらうよりも、本業でがんばっている医師に診察してもらう方が幸せだと思われるし、医師もそうした尺度で評価される方が幸せではないだろうか。
まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

(写真:AFP/アフロ)
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