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医療

病気にかからない身体づくり、遺伝子・免疫治療の可能性

中央大学教授 真野俊樹

2019/06/12

病気にかからない身体づくり、遺伝子・免疫治療の可能性

 医療技術の進歩はとどまるところを知らない。従来、治療法がなかった病気についても原因となる遺伝子を改変することで、病気が治るケースが増えている。

 近年の治療技術の進歩について、筆者が注目しているものは二つある。一つは遺伝子の治療であり、もう一つは免疫関係の治療である。

 もちろん、免疫に関係する遺伝子の異常を治療することによって病気が治るというケースもあるので、この二つは全くの別物ではない。

 しかしながら、筆者がこの二つの事象をあえて取り上げたことには理由がある。遺伝子と免疫関係の技術進歩が従来の治療という概念を変える可能性があると考えるからである。

 ここで、免疫学と遺伝子学の両方を使った最先端治療を紹介しよう。2019年2月、キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)という白血病やリンパ腫に効果がある薬剤が、日本国内で薬事承認を受けた。

 T細胞は人体にもともとある細胞であり、免疫をつかさどり、がん細胞を攻撃する機能がある。CAR-T細胞療法は、このT細胞ががん細胞を攻撃する機能を強化する免疫細胞療法である。

 CAR-T細胞療法では、患者から採取したT細胞を、がん細胞を認識し攻撃するCAR-T細胞に遺伝子を改変する。T細胞を改変したCAR-T細胞を再び体内に戻すと、がん細胞を認識し、攻撃する。さらに、攻撃の際の刺激により、CAR-T細胞自身が血液内で増殖する、というまさに最先端の治療法である。

 

 日本国内における薬価は1回の投与で3349万円である。途方もない金額に思えるかもしれないが、CAR-T細胞の投与は1回で済む。そして治癒確率は80%以上という。したがって、従来の医療費と比べれば、むしろ安くなるという計算もある。

 言うまでもなく、遺伝子異常は生まれつきの異常である場合もある。病気、あるいは、病気の原因とみなせば、遺伝子改変は疾病の治療であるが、ある意味で人がより健康になる治療ということもできる。

 CAR-T細胞療法のように、現段階の遺伝子治療は遺伝子異常による疾病を遺伝子改変の技術で治療するものであるが、例えば、より頭を良くするとか、より抵抗力を強くすると言った「超人」とでも言うべき遺伝子改変を行うことも可能である。

 免疫というものも人間が持って生まれたものであるが、その免疫力は人によって異なる。免疫力が弱い人は感染症にもかかりやすいし、場合によっては、がんにもなる。一方、免疫力が強い人は感染症にかかりづらく、例えば、インフルエンザにもなりづらい。遺伝子治療には、こうした「超人」になる遺伝子改変ができるようになる可能がある。

 整理すると、鳥瞰的には医療を3つに分けて考える必要がある。

 一つ目は、従来型の医療である。医療保険制度の根幹になるもので、がんや脳卒中、心筋梗塞など死に至る可能性がある疾病、怪我による傷など身体の不具合を回復することが目的である。前述したCAR-T細胞療法は最先端の技術を使用しているが、この範疇に属する。

 二つ目は、生活習慣病や花粉症など、現時点では死に至る可能性が小さい症状の治療である。糖尿病などの生活習慣病は遺伝的な要因と環境的な要因が混在するため、自己責任を強調されることも多いが、多くの国では医療保険の対象である。花粉症なども新しい薬や治療法で、生活の質が改善する。

 ただ、脳卒中、心筋梗塞、狭心症などの「予防」、あるいは、生活習慣病になる前の「予防」といったものもあるので、どこまでを医療保険の対象にするのか難しい面もある。

 現在の医療はここまでである。しかし、技術的には、以下にのべる「超人」養成ともいうべき、第3の医療も可能になってきている。

 この分野で興味深いのは、本庶佑・京大特別教授のがんに対する免疫医療である。免疫は本来、人体に備わった異物を除去する働きである。免疫機能は細菌やウイルス、がんといった異物を除去する。

 本庶特別教授の免疫医療は、人体に備わった免疫力をがん細胞が弱らせないようにするものである。この考え方をつきつめれば、がんにかからない究極の身体ができるかもしれない。

 二つ目と三つ目の医療の境目は、今後、さらに曖昧になっていくと予想される。究極の身体づくりとも言える第三の医療は現在の医療保険制度には馴染まないものだが、病気にかからない「ぴんぴんコロリ」を実践できる人間がつくられるという意味で長期的にみれば、医療費の抑制にもつながる。

 少子高齢化の進展で医療需要は増しており、図に示すように医療費は年々増加している。財政制約のため、医療費を増やすことができないとすれば、こうした第三の医療の費用をどう賄っていくのか社会的な議論が必要ではないか、というのが本稿の問題提起である。

 

 まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

 

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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