
世界で新型コロナウイルスの感染者が増え続けている。昨年12月に中国湖北省武漢市で初めての症例が報告されてから、世界の感染者数はほぼ一貫して増えており、これまでの累計感染者数は1855万人、死亡者数は70万人になった。【1】
諸外国に比べて感染者が少ないといわれた日本でも感染者数は増えており、累計感染者数は3万9858人、死亡者数は1016人になった。【2】 新型コロナが依然、猛威を振るい続ける状況をどう考えればいいのだろうか。
新型コロナ感染症は、一般の疾病に比べて治療に多くの医療資源を必要とするという特徴がある。日本における医療資源の状況は潤沢とは言い難いが、医療崩壊が懸念されているイギリス、イタリア、アメリカなどに比べれば恵まれていた。肺炎症状の有無を判断するCT(コンピューター断層撮影)や症状のある感染者が入院する病床の数の面では、他の先進国に比べて恵まれているといっていいだろう。(図1、図2)
半面、新型コロナ感染症患者が最も重症になった際に受け入れるICU(集中治療室)の病床数は少ないと指摘されていた。しかし、厚生労働省の公表資料によれば、特定集中治療室に救急救命とハイケアユニットの病床を足し合わせれば、人口10万人あたりのICUは13.5床となり、イタリア、フランス、スペインの水準を上回るという。このような状況だったので日本は医療崩壊を免れ、難局を乗り切れたといえる。【3】
ただ、ここにきて1つ問題になっていることがある。新型コロナ感染症がもたらす医療機関の経営への負の影響である。日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の共同調査によれば、新型コロナ感染症の影響が顕著になってきた2020年4月の全国病院の医業利益率は8.6%のマイナス(2019年4月は1.5%のプラス)だった。このうち、新型コロナ感染症患者の入院を受け入れた病院については10.8%のマイナスになった。【4】
全国病院の医業利益率がマイナスに陥った背景には、患者が新型コロナ感染症対策で不要不急の通院を避け、外来診療、入院診療の収入が大幅に減少したことがある。外来患者、入院患者の減少により、外来診療、入院診療の収入は減ったが、人件費などの医業費用は減らず、医業損益は大幅なマイナスになっている。ここでは、新型コロナ感染拡大がもたらす医療機関の経営悪化を日本の医療制度の問題と捉え、今後の対策を提案したい。
日本における医療サービスの提供は、民間病院が主体になっているが、医療にかかった費用は主に国民健康保険、協会けんぽ、健康保険などの国民皆保険制度によってカバーされる。この「私」による医療供給と「公」による費用負担の組み合わせは諸外国にない特殊性といえる。(図3)民間病院は、赤字が続けば倒産するので、医療サービスの質を競い、患者を広く獲得しようとする。こうした医療サービスの質の競争が、日本の医療サービスの底上げにもつながってきた。
図3

しかし、こうした医療サービスの競争と競争がもたらす質の向上の好循環は感染症流行下では起きていない。未知のウイルスで感染者が生命の危険にさらされているとしても民間病院は経営を優先しなければならない。新型コロナ患者の受け入れは、外来患者、入院患者を減らすことにつながり、新型コロナ患者を積極的に受け入れることは難しい。一方、国公立病院は元来、政策医療や行政医療を担う病院なので、経営への影響にかかわらず、新型コロナ患者を積極的に受け入れる役割がある。
厚生労働省は国際的感染症や災害医療など19分野を国が担う医療政策の分野と定める一方、都道府県は感染症医療や災害医療などを自治体が担う行政医療の対象に指定する。実際、新型コロナ患者を受け入れる病院の7割は国公立病院・公的病院といわれる。しかし、国公立病院や公的病院は、長らく経営効率が悪いとされ、厚生労働省も同じ地域で機能が重複している国公立病院、公的病院を統廃合し、病院数を減らす方向だった。
新型コロナ感染症と共存する時代、あるいは今後、同じようなタイプの感染症が押し寄せてくる可能性を考えると、感染症対策としての専用病床や軽症者、無症者を隔離する病床が必要になるだろう。このため、政策医療や行政医療を担う国公立病院は、採算を度外視して新型コロナ専用病床を整備し、税金で運営する。さらに民間病院も遊休病床を廃止せず、万が一のための隔離病棟として維持管理すべきだろう。
新型コロナウイルスは、無症状や発熱だけの軽症者でも他者へ感染するので、感染者と非感染者の導線を分けることは難しい。しかし、現在、確保している感染者専用病床を一定数、維持していくことが今後の第二波、あるいは、別の感染症対策としては有用だ。そして、将来は民間病院の新型コロナ専用病床を政策医療、行政医療を担う国公立病院に移管し、国公立病院と民間病院の役割をはっきり区分けしていくことも視野に入れるべきだろう。
まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。
図1

図2

【1】Johns Hopkins University, COVID-19 Dashboard, 05 Aug 2020
【2】厚生労働省、新型コロナウイルス感染症について、2020年8月4日時点
【3】厚生労働省医政局、ICU等の病床に関する国際比較について、2020年5月6日
【4】日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会、新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(最終報告)、2020年5月27日
(写真:AFP/アフロ)
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