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医療

コロナ禍、新しい在宅医療の幕開け

中央大学教授 真野俊樹

2020/09/23

コロナ禍、新しい在宅医療の幕開け

 新型コロナウイルスの医療経営への影響が大きいと言われる。一つには、感染対策で患者が外来受診を控えていることがある。日経メディカルが6月22~28日にかけて医師会員に実施した調査によれば、「外来を担当していない」「昨年同期の患者数と比較ができない」という医師を除いた4074人のうち、46.5%の医師が1年前に比べて患者数が減っていると回答した。【1】前例のない患者急減で医療機関の経営環境が激変したと言っても言い過ぎではないだろう。

 日本の医療機関には、外来診療と入院診療の2つの機能がある。まず外来診療の現状をみる。近年、病床数が多い大病院は、専門外来を外来診療の柱にして、軽医療の割合を減らす傾向にあった。コロナ禍で患者数が減少しているのは主に軽医療である。したがって、専門外来の割合が大きい大病院は、新型コロナによる外来診療減少の影響を必ずしも受けていない。一方、軽医療の割合が大きい中小病院や診療所では、新型コロナが医療経営を直撃している。

 次に入院診療の状況をみる。入院診療については新型コロナ感染者を受け入れている医療機関と受け入れていない医療機関に分けて考える必要がある。新型コロナ感染者を受け入れている医療機関では、新型コロナ感染者専用の病床確保や人員配置の影響で新型コロナ以外の診療に回す病床や人員が減り、手術を始めとする収益源の医療サービスが後回しになっている。このため、経営難に陥るという現象が起きている。

 ただ、新型コロナ感染者を受け入れていない医療機関であっても新型コロナの影響が全くないわけではない。医療機関の機能分化で急性期病院から回復途上の入院患者の転院を受け入れている回復期病院では、急性期病院から転院してくる入院患者が急減するという現象が起きている。また、新型コロナ感染者は急性期病院から回復期病院に転院することも少ない。回復期病院に限ったこととはいえ、入院患者が急減する現象は過去にない事態と言える。

 一方、軽医療ではそもそも医療サービスが不要だったことが明らかになるケースもある。例えば、アレルギー性鼻炎の治療を受けていた患者が、病院や診療所への通院を控えて処方箋なしで購入できるOTC医薬品を使用したり、子供に発熱があっても自宅で様子をみたりするケースである。こうした軽症の陰に重症の疾病が隠れている可能性もゼロではないが、死亡者数が極端に増えていない現状では、患者に積極的な医療機関の受診を促すほどではなく、患者の判断に任せられる。

 そうした中で注目されているのが、オンライン診療である。オンライン診療は、パソコンやスマートフォンを使って非対面の診療を受けられるようにするものである。もともと医師が常駐していない離島や過疎地を念頭に置いたものだったが、今回、新型コロナの感染拡大で医師や看護師と接触せず、診療を受けたいというニーズが高まっている。オンライン診療のニーズが少ないと思われていた都市部で新しいニーズが生まれたのである。

 対面の診療では、医師が患者の顔色を見たり(視診)、聴診器を当てたり(聴診)、脈をとったり(触診)することで症状を判断しており、非対面のオンライン診療でこれらをすべて代替することは難しいと考えられてきた。しかし、高血圧症や糖尿病の長期患者のように、すでに診断がついていて薬剤投与など継続的な治療を行っている患者については毎回の聴診や触診を必要としない。このような診療をオンライン診療で代替することは十分、可能だろう。

 また、インターネット回線を使ったオンライン診療は診療の場所を選ばないというメリットもある。国民皆保険制度のもと、日本では誰でも好きな医療機関の診療を受けることができる。ただ、実際には北海道や九州の患者がいきなり東京・築地の国立がんセンター中央病院で診療を受けることは物理的に難しかった。オンライン診療では、こうした物理的な制約はなくなるので、今後、オンライン診療で遠方の医療機関を受診する患者は増えるだろう。

 もう一つ、新型コロナ感染拡大の影響で進捗が著しい分野が在宅医療である。在宅医療は、感染者と接する機会も多い医師や看護師を自宅に迎えるので、嫌がる患者が多いのではないかと言われていた。ただ、冷静に考えてみると、これまで在宅医療で目立った患者クラスター(集団)は発生していない。病院への通院治療に比べて在宅医療の感染リスクがさほど高いとは考えられないし、実際に多くの患者が在宅医療を利用している。

 さらに言えば、新型コロナ対策で病院への通院を避けようとする患者やコロナ禍での面会禁止などの不便さを解消するために入院治療から在宅医療に切り替える患者も増えている。在宅診療ならば病院への通院や入院のように不特定多数の人と接触するリスクはない。厚生労働省は、「自宅で人生の最後を過ごしたい」という患者が多いというアンケート結果をもとに在宅医療の普及を推進しており、高齢者を中心に在宅医療の利用は今後さらに増えるだろう。

 最後に、在宅医療が進化を遂げる可能性に触れておく。それは在宅医療とオンライン診療が組み合わさっていく可能性である。例えば、看護師が患者の自宅にパソコンやスマートフォンを持参し、遠隔地にいる医師のオンライン診療を手伝うようになれば、オンライン診療のデメリットを一定程度、補うことができる。これを押し進めれば、患者を24時間、モニターできるようになり、自宅が病室に近い状況になる。これは、在宅医療やオンライン診療といった次元を超え、新たな医療の幕開けといえるだろう。

 

 まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

 

【1】日経メディカル、外来患者は戻ってきましたか、2020年7月9日

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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