一覧へ戻る
医療

医療のオンライン化を妨げるデジタルとアナログ

中央大学教授 真野俊樹

2020/11/11

医療のオンライン化を妨げるデジタルとアナログ

 日本の社会は、「ウィズ・コロナ」あるいは「ポスト・コロナ」の社会を見据えて、リアルの接点だけでなく、オンラインの接点を求める社会に変わり始めた。筆者の専門分野である医療においてはコロナ禍におけるオンライン初診診療の解禁を皮切りに、医療全般においてリアルからオンライン化への動きが加速していくのではないかとの見方が出ている。

 新型コロナに感染する危険性を考えてリアルの診察を控える半面、オンライン診療を利用しようとする人が増えており、報道によれば、全国1万4500超の医療機関(全医療機関の13.2%)がオンライン初診診療を実施しているという。【1】しかし、オンライン診療は医療のオンライン化の一部に過ぎず、オンライン診療を推進するだけでは、患者、医療者双方の利便性を高める医療のオンライン化は進まない。

 例えば、医療機関が国民健康保険や健康保険組合に示す診療報酬明細書(レセプト)のオンライン化について考えてみよう。レセプトのオンライン請求はまず病床数400床以上の医療機関について2006年度から義務付けられた。現在、日本国内の大半の医療機関がオンラインまたは電子媒体による電子レセプトを利用し、レセプトのオンライン請求が主流になっている。(図)

 レセプトのオンライン請求のメリットは、①毎月5日から10日まで夜間でもレセプトの請求ができる②記録の誤りなどのエラーが分かり、レセプトの訂正、再提出ができる③紙媒体と異なり、レセプトの破損や紛失がなくなる④振込額決定、再審査、増減点連絡書のデータをダウンロードできる⑤通常のレセプトと返戻再請求のレセプトを一元管理できるーーなど医療者側のメリットは多い。

 オンライン請求のメリットは多いが、請求にかかる事務負担が重くなると、そのデメリットも無視できなくなる。2020(令和2)年度の診療報酬改定に伴い、オンライン請求の標準仕様が変更された。これにより、今年10月から文字データの入力項目が多数追加されたほか、新たに指定されたコードが選択されていなければ、レセプトを医療機関に差し戻す返戻措置が取られることになった。

 これらは医療の適正化、レセプトの過剰請求を防ぐための仕様変更と考えられるが、レセプト請求の事務員を置く余裕がない小さな診療所では、レセプト請求に医師の時間が取られるようになった。言うまでもなく、医師の本業は診療であり、患者を診察、治療することで診療報酬を得る。事務作業を軽視するわけではないが、事務負担が重くなり、診療の妨げになるのも問題だ。

 オンライン請求の仕様変更で医療現場が混乱する様子をみていて、筆者は1995年、米コーネル大学医学部の病院へ留学した時のことを思い出した。米国は国民皆保険制度ではないので、患者は民間保険に加入する。当時はコンピューターがインターネットにつながり始め、診療報酬コードを入力するようになったタイミングで、医師たちは「事務作業が増えた」と盛んに文句を言っていた。

 日本でレセプトのオンライン請求が始まった当初、医療現場に電子カルテが導入されれば、コード入力が自動化され、オンライン請求の事務作業が簡単になると考えられていた。ところが、電子カルテが導入されても、「電子カルテは電子カルテ」「電子レセプトは電子レセプト」というように、データは別建てになっていて、システムごとにデータを入力し直さなければならないようなケースも多い。

 近年、医療事務が煩雑化している状況を踏まえて、電子カルテの入力や診断書、処方箋の作成などの事務作業を行う医師事務補助作業者を雇用するケースも増えているが、社会が医療のオンライン化に期待する作業や手続きの省力化とは方向性が異なる。患者にかかわる医療情報のフォーマットを統一して、デジタルとアナログの医療情報が混在している非効率性を解消することも医療のオンライン化を進めるポイントになるだろう。

 

 まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

 

【1】CBニュース、「オンライン診療」の実施率、全国で13.2%、2020年5月29日

 

(写真:AFP/アフロ)

 

バックナンバー

2020/12/02

少人数学級が問いかける地方分権の課題

明治大学教授 田中秀明

2020/11/25

新型コロナとインフルエンザ 同時流行の可能性

九州大学教授 馬場園明

2020/11/11

医療のオンライン化を妨げるデジタルとアナログ

中央大学教授 真野俊樹

2020/11/04

民主主義の質と経済成長の相関性

明治大学教授 田中秀明

2020/10/28

後期高齢者の窓口負担引き上げ、高額療養費改革なくして実効性なし

九州大学教授 馬場園明

2020/10/21

感染症に境界なし 地方自治体の新型コロナ対策

兵庫県立大学教授 木村真

2020/10/14

菅義偉政権の規制改革、医療界への衝撃

中央大学教授 真野俊樹