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医療

医師の非正規雇用、正規雇用より好待遇の理由

中央大学教授 真野俊樹

2021/04/28

医師の非正規雇用、正規雇用より好待遇の理由

 非正規雇用は、契約社員や派遣社員、パート、アルバイトのような正規雇用以外の雇用形態を指す。通常、雇用期間が決まっていて1日あたりの労働時間が短いものも多い。本人の希望に依らない非正規雇用は俗に「不本意非正規」とも呼ばれている。

 非正規雇用の特徴としては、①給与・時間給が低い②退職金や賞与がない(少ない)③雇用期間が限られていて雇用が安定しない④幹部への昇進、昇格の道が閉ざされている⑤定型業務が多く知識や技能が蓄積できない――ことが挙げられる。

 実際、正規雇用と非正規雇用の人件費は給与から時間外手当や賞与を差し引いた所定内給与で約1.5倍、時間外手当や賞与を含めた給与全体で約1.8倍の差があるという。【1】 正規雇用と非正規雇用の格差は多様な働き方を許容する議論の中で問題にされることも増えてきたが、現在でも非正規雇用が正規雇用より好待遇な職種がある。それが「3師」と呼ばれる医師、薬剤師、看護師である。

 近年、少子高齢化の進展で高齢者向け医療、介護の需要は右肩上がりで増えており、その受け皿となる医療・福祉分野の雇用は拡大している。2021年の医療・福祉分野の就業者数は852万人。日本国内の全就業者5983万人の約14%を占める。【2

 

 日本国民が医療サービスを公平かつ安価に享受できるようになった国民皆保険制度の導入から約半世紀。かつては縁遠い存在といわれた医療、介護の就業者数はすでに宿泊業、飲食サービス業を上回る。そうした状況においては、医師の非正規雇用について考えることにも一定の意味があるだろう。

 まず非正規雇用の特徴が医師にも当てはまるかどうか検討したい。①該当しない②該当する③該当する④該当する⑤該当しない――となり、給与・時間給が高いこと、診療は患者によって異なり定型業務と言えないことの2点を除けば、非正規雇用の特徴は医師にも当てはまる。

 医師の場合、一般に非正規雇用の給与・時間給は正規雇用を上回るとされる。もっとも、非正規雇用の医師についても退職金、賞与はないケースがほとんどであるし、雇用は安定せず、昇進、昇格の道は閉ざされている。それでも「自分は不本意非正規だ」という不満はあまり聞かれない。それはなぜか。

 医師である筆者から見ると、上述のような非正規雇用の短所を「時間外勤務がない」「自由度が高い」といった長所が上回るからだと思われる。病院の勤務医に代表されるように医師は時間外勤務の多い職種だが、非正規雇用には時間外勤務が原則ない。仮に引き受けるとすれば高額な追加報酬が発生する。

 こうした就業条件の下では、「自分の時間を大切にしたい」「子育ての時間を増やしたい」という医師はあえて非正規雇用を選択するケースが少なくない。また、就業時間と自由時間を明確に区別して、小説を書いたり、演奏活動をしたりするなど、医療に携わりながら夢を追うというケースも実際にある。

 それでは、非正規雇用の給与・時間給が正規雇用を上回るのはなぜだろうか。一つには、医師が有資格者でなければならない職種であることが挙げられる。医師免許の取得者数はほぼ一定なので、突発的に需要が増えても供給が追いつかず、需要供給曲線のもとで給与・時間給が上昇するからだ。

 例えば、病院の当直勤務を考えると分かりやすい。病院には医師が24時間、常駐するが、時に常勤医で当直勤務を賄いきれないことがある。そうなると、外部から代わりの医師を招くことになるが、深夜早朝の当直勤務を引き受けてくれる医師の数は限られ、当直手当はどうしても高くなる。

 また、難病外来や先進医療のように毎日需要があるわけではないが、週1回ないし月1回は担当の専門医を病院に招きたいというケースがある。この場合、希少な技能を持つ専門医の給与・時間給は、勤務形態にかかわらず、当然に高くなる。

 本稿では、医師の非正規雇用が正規雇用よりも好待遇になるメカニズムを述べたが、医師と同じように、「有資格者である」ことが就業条件になる薬剤師や看護師についても非正規雇用が正規雇用よりも好待遇になるケースが多いようだ。

 少子高齢化の進展で日本国内の労働力人口は今後、減少の一途をたどる。少ない労働力人口で一定の経済成長を維持していくためには、給与以外も含め、正規雇用より好待遇の非正規雇用が在り得るような多様な就業形態を社会に内包していくことが求められている。

 

 まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

 

【1】内閣府、年次経済財政報告書、2016年度

【2】総務省統計局、労働力調査

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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