
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。1日あたりの新規感染者数は2万人を超え、日本国内の感染者数は125万人になった。【1】 「新型コロナウイルスになぜ感染するのか」「新型コロナワクチンは3回接種すべきなのか」――。専門家の意見も分かれ、混乱もあるようだ。
まずウイルス性感染症は体内に入り込んだウイルスと免疫力のバランスによって、ウイルスに感染するかしないか、発病するかしないかが決まってくる。免疫力に比べて、体内に入ったウイルスが多かったり、ウイルスの増殖力が大きかったりすれば、ウイルスに感染、発病することになる。
逆に言えば、免疫力に比べて、体内に入り込んだウイルスが少なかったり、ウイルスの増殖力が小さかったりすれば、ウイルスには感染せず、発病もしない。新型コロナワクチンの接種者が新型コロナウイルスの感染者とぶつかったり、すれ違ったりしただけでウイルスに感染、発病するという考え方は行き過ぎだろう。
次に変異株について説明したい。新型コロナウイルスは医学的にはSARS-CoV-2と呼ばれる、2002~2003年に中国を中心に感染拡大した重症急性呼吸器症候群(サーズ、SARS-CoV-1)と同種のものである。サーズは毒性が強いが、比較的短期間に終息しており、感染力は弱いとされている。
新型コロナウイルスの従来株から「アルファ株」「ベータ株」「ガンマ株」「デルタ株」「カッパ株」「ラムダ株」と次々に変異株が発見されているが、そもそも新型コロナウイルスに起きている変異はインフルエンザウイルスの変異のように大掛かりなものではない。
大掛かりな変異が起きる代表例であるインフルエンザウイルス(ヒト型)は8つの分節(パーツ)で構成され、パーツが丸ごと置き換わる大きな変異が起きる。パーツ1つで8分の1のウイルスが置き換わるので、前年と同じワクチンを接種しても効果はない。これが毎年、違ったインフルエンザワクチンを接種する理由である。
一方、新型コロナウイルスは、1本の鎖のような形状でパーツには分かれておらず、大掛かりな変異が起きる可能性は小さい。新型コロナ第5波で猛威を振るう「デルタ株」「ラムダ株」もインフルエンザウイルスに見られるような大きな変異ではなく、既存の新型コロナワクチンが全く効かなくなっているわけではない。
最近、イスラエルやアメリカで議論されているのが、ブースターとしての3回目接種である。アメリカでは食品医薬品局(FDA)が免疫不全状態の人への3回目接種を検討した結果、政治判断で3回目接種を始めることになった。これは、免疫力を高めることで、変異によって感染力が強くなったウイルスに対抗しようという考え方である。【2】
免疫学では、体内のウイルスを中和する抗体量が重要になるが、ウイルスに対する免疫力は抗体量だけで決まるわけではなく、他の免疫反応もウイルスに感染、発病するかどうかを左右する。しかしながら、現在、データとして簡単に測定し、数値化できるのは中和抗体の量しかない。
また、感染拡大で先行する諸外国では、「ワクチンが感染を予防した確率」「ワクチンが重症化を予防した確率」などの統計データが相次ぎ公表され、ワクチンの効果が検証されている。ただ、諸外国の統計データがそのまま日本に当てはまるといえるかどうかは評価が難しい。
前述の通り、ウイルスに感染し、発病するかどうかは、ウイルスの感染力だけではなく、①大量のウイルスが体内に入ったか②マスク着用などの防御措置をとっていたか③免疫力が高かったか――の足し算、引き算で決まる。だが、諸外国の統計データでは③の一部であるワクチン接種のみが検証されており、①、②は考慮していない。
例えば、ワクチンを接種して免疫力が高まったとしても、マスクを着用していないなどで大量のウイルスが体内に入れば、ウイルスに感染、発病する可能性は十分あり得る。ワクチンによって免疫力が高くなっても、免疫力で処理できない大量のウイルスが体内に入り込めば、感染、発病するのである。
イギリス政府が新型コロナ対策の効果を検証するために観客入場を認めた6~7月のサッカー欧州選手権の8試合で約6400人が新型コロナウイルスへ感染したことが明らかになった。【3】これなどは観客のマスク着用が少なかったために感染が一気に広がった一例だろう。
新型コロナウイルスが変異株、とりわけデルタ株に変異してから、ワクチンがウイルスへの感染や重症化を予防する効果が低下していることは間違いない。しかしながら、ワクチン接種による副反応(副作用)などのマイナス効果よりも感染予防、重症化予防のプラス効果の方が大きければ、ワクチン接種は合理的な判断である。
最後にファイザー製、モデルナ製ワクチンに使用されているメッセンジャーRNAがDNA(デオキシリボ核酸)内の遺伝情報を書き換え、長期的な副反応を引き起こすといった風評もあるようだが、メッセンジャーRNAがDNAに取り込まれることは通常ないことを付記しておきたい。【4】
まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。
【1】NHK、特設サイト 新型コロナウイルス、日本国内の感染者数(NHKまとめ)
【2】世界保健機関(WHO)は、各国政府が新型コロナワクチンの3回目接種を検討することに対して3回目接種は不要との見解を示している。
【3】日刊スポーツ、欧州選手権で6400人が感染 6万人収容の決勝などロンドン開催8試合、2021年8月21日
【4】宮坂昌之、新型コロナワクチン 本当の「真実」、講談社現代新書、2021年
(写真:AFP/アフロ)
謝辞
100万人の読者に支えられ、政策ブログは第100回を迎えることができました。日本の未来のために、政策ブログはこれからも前進します。
編集人 小林健一
バックナンバー
- 2022/03/30
-
新型コロナ、オミクロン株以降のワクチン効果とウイルス対策
- 2022/03/09
-
オミクロン株まん延、新型コロナ対策の課題
- 2022/02/09
-
基礎年金のあるべき姿
- 2022/01/19
-
新型コロナ変異株、オミクロンが流行する原因とその対策
- 2022/01/05
-
医療機関と社会的責任
- 2021/11/24
-
新型コロナワクチン、接種と死亡の因果関係
- 2021/11/17
-
財務次官論文を考える