
経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、人口千人あたりの病床数は、イギリス=2.5床、カナダ=2.5床、アメリカ=2.8床、フランス=6.0床、ドイツ=8.0床に対して、日本は13.1床になっている。【1】 海外の統計に長期入院者向けの療養病床は含まれないが、日本の病床数が多いことは間違いない。
日本の病床が諸外国に比べて多くなっている背景には、第二次世界大戦後、日本政府が医療体制の充実を図ってきたことがある。公的病院の設置には人材、資源の限りがあり、開業医が開設する診療所を中心に全国津々浦々に医療機関が設置されていったところに特徴がある。
戦前の日本では、医療は敷居の高い存在だった。政策ブログ『病院経営、54%が経常赤字 日本の医療機関が抱えるジレンマ』でも紹介したように、死に際に医師が往診したというだけで本人も家族も満足していた時代が長く続いた。医療サービスに公定価格を定める国民皆保険制度の導入で医療はようやく身近な存在になったのである。
医療界には「均霑化」(きんてんか)という言葉がある。「どこでも」「誰でも」「等しく」利益を享受できる状態を指すが、戦後日本は医療の均霑化に成功したと言える。医療サービスの敷居が高かった戦前に比べれば、医療が均霑化した現状は決して悪いことではない。
もっとも、日本の総人口はすでに減少に転じている。総務省の人口推計によれば、日本の総人口は2005年に戦後初めて前年を下回り、2008年にピーク(1億2808万人)を迎えた。そして、2010年こそ前年を上回ったものの、2011年からは一貫して減少している。【2】
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の総人口は2048年に9913万人程度、2060年には8674万人まで減少するという。【3】 総人口が減少すれば、必要とする病床数も少なくなる。しかし、病床数が減ると、医療へのアクセスが困難になるという状況が出てくる。
厚生労働省の調査によれば、日本国内の病院病床数や病院・一般診療所の療養病床数は平成時代の末期から減少傾向に入っている。【4】(図) 医療から介護への流れもあり、病院病床や療養病床が減少していくという動きは今後の人口減少を見越したものともいえる。

そうした流れの中、全国津々浦々に均霑化(きんてんか)した診療所に減少の兆しが出てきた。2021年1~6月の医療機関の休廃業・解散は340件。このうち280件が診療所であったという。日本国内の診療所数は病院数の10倍以上あるとされるが、この休廃業・解散の数は突出している。
診療所が休廃業・解散している理由は、経営難による倒産ではない。新型コロナ対策による融資や補助金で手元資金は潤沢になっており、経営難よりも後継者難による要因が大きい。もともと医師は高給であっても地方、とりわけ過疎地へ赴任することを嫌がる傾向にあった。
過疎地の診療所は、深夜、休日であっても急患があれば休みというわけにいかず、診察、治療に当たらなければならない。やりがいのある仕事だが、体力的、精神的に大変な仕事である。それに人口減少による先行きの厳しさが拍車をかけ、地方の診療所は後継者が減っているのである。
一方、新型コロナウイルスの感染拡大で日本においても医師と患者が直接接触しないオンライン診療が一部解禁されることになった。しかし、報道によれば、2021年1~3月における初診からのオンライン診療の利用頻度は全国35道府県でほぼゼロだったという。【6】
オンライン診療の利用頻度が少なかった道府県は、北海道、富山県、山梨県、鳥取県、大分県、宮崎県などという。これらは近年、過疎化が急速に進んでいる地域でもあり、前述のように、こうした地域に均霑化(きんてんか)していた診療所も今後、休廃業・解散していくと予想される。
診療所が休廃業すれば、過疎集落の自宅から最寄りの診療所まで自動車で1~2時間かかるようになってしまうーー。人口減少社会において過疎地の医療体制をどうしていけばよいのか、筆者も医療体制の在り方について自治体から相談を受けるケースが増えてきた。
1つのアイデアとして、看護師や保健師に患者宅を訪問してもらい、医師と患者をオンラインでつないでもらってはどうだろうか。看護師や保健師に患者の血圧や体温などのバイタルサインをチェックしてもらえば、医師が直接対面しないオンライン診療のマイナス面を一定程度、カバーすることもできる。
患者が自らパソコンやスマートフォンを使って医師のオンライン診療を受けることができれば効率は良い。オンライン診療なのに看護師や保健師が患者宅を訪問するのは非効率ともいえる。だが、過疎地に住む高齢者のIT(情報技術)リテラシーが低い場合も考えれば、これも一つの解決策である。
人口減少社会において病院、診療所の数が減っていくのは不可避である。そして、病院、診療所の数が減れば、医療機関へのアクセスは必然的に悪くなる。生命の選択をしないという日本医療の理念を守っていくためには、こうしたオンライン診療の在り方も検討すべきではないだろうか。
まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。
【1】OECD、Health Statistics 2019
【2】総務省統計局、人口推計
【3】国立社会保障・人口問題研究所、日本の将来推計人口(平成24年1月推計)
【4】厚生労働省、医療施設動態調査(令和元年5月末概数)、2019年7月30日
【5】日本経済新聞、クリニックの休廃業・解散が急増 後継難にコロナ禍 企業信用調査マンの目、2021年8月6日
【6】日本経済新聞朝刊2021年8月19日付
(写真:AFP/アフロ)
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