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医療

フリーランス医師を考える

中央大学教授 真野俊樹

2021/10/13

フリーランス医師を考える

 日本の大手企業にジョブ型雇用と呼ばれる欧米流の雇用制度を導入しようという動きが出てきた。ジョブ型雇用の導入を強く後押ししているのは、新型コロナウイルスの感染拡大。新型コロナ対策で従業員の在宅勤務が増えており、大手企業を中心にテレワークでも管理しやすいジョブ型雇用へのシフトを模索しているという。

 ジョブ型雇用は、職務内容を記載したジョブディスクリプションに基づいて従業員を雇用する制度とされる。担当する職務の目的、責任、範囲がジョブディスクリプションに定められており、職務に見合った人材採用や成果に応じた待遇決定がしやすいというメリットがある。

 一方、日本企業の雇用制度はメンバーシップ型雇用と考えられてきた。従業員は何の仕事をするかはあらかじめ決まっておらず、メンバーシップを持つ従業員の中で営業、販売、人事、経理などの仕事が割り振られる。このため、職務が変わることによる異動や転勤も当然のことと受け止められてきた。

 もっとも、従業員本人にとっては、職務が変わる異動や転勤は大問題。異動はともかく 転勤となると、従業員本人だけでなく家族の事情もかかわってくる。従業員の転勤が会社、従業員、家族のすべてにとってハッピーなものだけでないことは容易に想像が付く。

 従業員が転勤を受け入れ難いと考え、司法判断を求めるケースも少なくない。大卒社員が神戸営業所から名古屋営業所への転勤拒否を理由とした懲戒解雇は不当と訴えた裁判で、最高裁は、転勤が労働者に与える家庭生活上の不利益は「通常甘受すべき程度のもの」として、会社の懲戒解雇処分を支持する司法判断を示している。【1】

 この裁判例については、会社は従業員の雇用を維持し、代わりに従業員は会社の指示に従って異動、転勤の命令に従わなければならないという日本の伝統的な雇用ルールを示していると解説されてきたが、新型コロナ対策もあって転勤を求められるならば仕事を替えてしまおうという考え方もあるようだ。【2】

 本稿では医療界の雇用の変化について考えてみたい。もともと医師の世界は専門性が明確であり、医師国家試験に合格後、複数の診療科での研修医を経て専門分野を定める。したがって、内科医は内科、外科医は外科の診療に従事する。雇用主の都合による診療科の転換はない。

 一方、転勤について、かつては『白い巨塔』(山崎豊子著)に描かれたように、大学医局が医師の関連病院への転勤を差配していた。だが、現在では、例えば、教授が医局員に都会から離れた関連病院への転勤を指示すると、それを不満に思った医局員がフリーランス医師になってしまうというケースも増えている。

 フリーランス医師は、勤務医、開業医とは異なる第三の道である。医師が医局を離れると、診療所を開業するか、他の病院や診療所に勤めるのが一般的。しかし、フリーランス医師は、自分で開業せず、病院や診療所にも雇用されず、診療行為を業務委託の形で請け負う。

 一般にいうフリーランスは非正規雇用であり、正規雇用に比べて給与や待遇が劣ることが多い。他方、フリーランス医師は病院や診療所に足りていない必要な診療行為を請け負う必要不可欠な存在。給与、待遇が正規雇用を上回る場合が多いこともフリーランス医師が増える要因になっている。

 筆者は、フリーランス医師に3タイプあると考える。それは、①テレビドラマ『ドクターX』の大門未知子のように唯一無二の技術を提供する医師②麻酔科医のように専門医の資格が必要な高度な技術を提供する医師③健康診断のように高度ではないが、医師にしかできない業務に従事する医師――の3つである。

 最近は手塚治虫のブラックジャックやドクターXの大門未知子のように、非常に高度な技術を売りにする一匹狼の医師も出てきた。実際、海外の病院で修練を積んだ外科医が日本では不可能とされてきた手術を手掛け、ゴッドハンドとして活躍しているケースがある。

 ただ、①はゴッドハンドの性格上、その人数は限られる。一方、③は医学教育では初級~中級に位置付けられる技術を提供するもので優秀な医師が積極的にやりたいと思う仕事ではない。現在、目に見えて増えているのは、一定程度、標準化された高度な技術を提供する②のフリーランス医師だ。

 ②のフリーランス医師は現状、売り手市場である。医師は診療科、勤務地を自由に選ぶことができるので、医師の診療科、勤務地は偏在する。麻酔科医のように専門医の資格が必要な診療科では医師の偏在がより顕著になる。このため、必要不可欠な診療行為に携わるフリーランス医師は高待遇で迎えられるのである。

 医師が偏在する問題を抜本的に解消する方策がない現状においては、フリーランス医師が必要不可欠な診療行為を請け負うことは好ましいことと言える。もっとも、フリーランス医師は医療機関の要請があるからこそ成り立つ、需給の調整弁であることには注意が必要である。

 医療機関側がフリーランス医師に求める診療行為が高度な技術である以上、陳腐化した技術は必要とされない。必要とされるフリーランス医師であり続けるためには、組織における人材開発のように、高度な技術を維持するための修練に取り組んでいく必要がある。これはジョブ型雇用の特徴であり、医師に課された宿命でもある。

 

 まの・としき 1961年、愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。米国コーネル大学医学部研究員、昭和大学医学部講師、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授。内科専門医。京大博士(経済学)。

 

【1】東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決)

【2】朝日新聞デジタル、フォーラム 転勤、どう思いますか

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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