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社会保障

所得階層の移動促進、社会全体の損失回避を

岡山大学教授 岡本章

2019/06/05

所得階層の移動促進、社会全体の損失回避を

 少子高齢化が急速に進展する日本では、もはやかつてのような高度成長は見込めなくなり、所得分配・経済格差の問題がより重要性を増してきた。とりわけ、親の世代の格差が子の世代に引き継がれるという懸念が強くなっている。

 実際、複数世代にわたる大規模なアンケート調査の分析結果から、所得階層間の移動が少なくなっており、所得階層の固定化が進行していると指摘する研究者も増えている。【1】

 世代間の階層移動性についての国際比較では、デンマークやノルウェー、フィンランドでは移動性が高く、所得の不平等の度合いが低い。半面、ペルーやブラジル、中国では移動性が低く、所得の不平等の度合いが高いことが指摘されている。【2】

 今日の日本は所得移動性、不平等の度合いともほぼ平均的な水準にあるが、世代間の所得階層は固定化する傾向が強まっており、所得分配・経済格差の問題はより重要になっていくものと考えられる。

 このような状況の中、私は「人口内生化世代重複シミュレーションモデル」を所得階層間の移動ができるように拡張。親子間の所得階層の移動が1人当たりの効用や人口水準に与える影響について定量的に分析した。

 低所得層と高所得層の間の所得水準の差異、出生率の差異、所得階層別の親子間の所得階層の移動確率はモデルにおける重要な要素であり、現実に沿った分析を行うには、これらに現実的な値を割り当てる必要がある。

 本モデルでは、吉川徹・大阪大学教授の先行研究に従い、低所得層(高校卒)と高所得層(大学卒)の2つの代表的な家計を導入。子供が親と同じ所得層になる確率、異なる所得層に移る確率を与え、子供が親と同じ所得階層になる確率を7割(移動確率0.3)と仮定した。

 シミュレーション分析の結果、移動確率が0.3から0.5へ上昇し、世代間の階層移動が活発になった場合、100年を超える長期では国民所得の水準が低くなるものの、総人口に占める高所得層の割合が高まり、経済成長が促進される。

 これは、出生率が相対的に高い低所得層の総人口に占める割合が低くなることにより、100年を超える長期では、人口減少によるマイナス効果が、高所得層の人口比率上昇によるプラス効果を上回るためである。(図)

 また、無限の将来世代を含む、すべての世代を考慮して、特定の改革が経済厚生(効用)を改善または悪化させるかどうかを厳密に表す指標であるLSRA【3】を使って、無限先の将来世代も含めた1人当たりの効用の変化を計算したところ、表のような結果が得られた。

 移動確率が0.3から0.5へ階層移動性が上昇する場合、1人当たり約22万円相当のプラス効果があった。半面、移動確率が0.3から0へ階層移動性が低下する場合、1人当たり約29万円相当のマイナス効果があった。

 この結果は、世代間の所得階層の移動性を高める政策は、すべての人にとってプラスの効果、あるいは、マイナスの効果がない状態であるパレート改善【4】を達成する社会的に望ましい政策であることを示している。

 例えば、公教育を充実させて世代間の階層移動性が高まれば、生産性の高い労働者が増え、1人当たりの効用は上昇する。これまで貧困により十分な教育を受けることができず、開花できなかった能力のある子供の才能が生かされるようになり、社会全体の損失を回避することができるものと考えられる。

 北欧諸国は、社会保障が充実した「大きな政府」として知られているが、例えば、デンマークでは幼稚園から大学まで、教育費は無料である。少子化に伴い、子供の絶対数が急減する現在の日本では、公教育の充実は重要性を増している。

 内閣府による最近のアンケート結果によれば、出産に当たり、主な懸念材料となっているのが、育児の費用、特に子供の教育費であることから、公教育の充実は少子化対策としてもその効果が期待できる。

 

 おかもと・あきら 1964年、奈良県生まれ。京大経卒、同大学院博士課程中退。岡山大学経済学部助教授を経て、岡山大学経済学部・大学院社会文化科学研究科教授。フルブライト奨学金研究員、安倍フェローとして在外研究に従事した。京大博士(経済学)。

 

 

(写真:AFP/アフロ)

 

 【1】吉川徹『学歴分断社会』(ちくま新書)、吉川徹『日本の分断 ―切り離される非大卒若者たち―』(光文社新書)、橋本健二『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)

【2】Corak, Miles (2016) “Inequality from generation to generation: The United States in Comparison,” IZA DP No. 9929.

【3】Lump Sum Redistribution Authority。無限先の将来世代を含む全ての世代の厚生を総合的に考慮して、特定の改革案が全体として経済厚生(効用)を改善、または、悪化させるかどうかを厳密に表す指標。効用の改善、悪化の度合いを、将来世代1人当たりの金額に換算して定量的に示すことができる。

【4】特定の集団に対する特定の資源の配分を変更する際、誰の効用も悪化させることなく、少なくとも1人の効用を高めることができるように資源配分を改善すること。経済学では、パレート改善が達成できることが望ましいとされている。