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社会保障

社会保険は制度疲労、年金・医療制度を改革しよう

明治大学教授 田中秀明

2018/10/10

社会保険は制度疲労、年金・医療制度を改革しよう

 年金や医療などの社会保障費が年々増大し、財政赤字を拡大させていることは多くの国民が知っているだろう。少子高齢化が原因と説明されているが、本当にそうだろうか。筆者は、少子高齢化は契機に過ぎず、問題の本質は社会保険制度の構造にあると考えている。しかし、政府は社会保障費が増大している問題提起はしても、社会保険の問題については真実を語らない。

 政府は、日本の社会保障の根幹は社会保険であると説明する。社会保険方式は、自立・自助という近現代の社会の基本原則に即し、負担と給付が均衡する仕組みであり、日本は「国民皆保険・皆年金」が実現されているという。

 しかし、国民年金や国民健康保険では、標準の保険料を納めていない者が全体の4割に及ぶが、それでも国民皆保険といえるだろうか。未納者が多い理由の1つは、保険料負担が逆進的だからだ。例えば、国民年金の保険料は、原則として、所得に関わらず1ヵ月16,340円(2018年度)であり、年収が200万円でも1億円でも保険料は変わらない。

 政府は、社会保険制度には保険料の未納や徴収漏れといった制度運用上避けられない問題があり、非正規雇用の労働者を対象とした効果的な未納対策が必要と説明するが、問題の本質を議論しないその場しのぎの説明ではないか。

 皆年金は英語でuniversalと言うが、保険の仕組みでは実現できない。これは、運用の問題ではなく、論理的な必然である。universalな仕組みは一般財源=税でしか実現できないのが、世界の常識である。保険料を払えない人が必ず存在するからだ。

 また、社会保険といいながら、多額の一般財源が投入されている。社会保障制度に投入されている一般財源の総額は47.7兆円(2016年度)であるが、そのうち厚生年金に9.3兆円、後期高齢者医療制度に7.6兆円、国民健康保険に5.7兆円、介護保険に5.2兆円が投入されている。

 これらを含め、社会保険制度には31.6兆円(全体の66.2%)の一般財源が投入されている。ちなみに、社会保険制度以外の生活保護・社会福祉・児童手当への一般財源投入は併せて12.5兆円に過ぎない。一般財源の投入は保険料を負担できない者を支援するためだが、それが給付に比例的に投入されるため(例えば基礎年金給付の1/2)、給付が増えれば税の投入が自動的に増える。それでは財政規律は働かない。

 さらに、税だけでは財源が不足するため、サラリーマンからの支援金が他の社会保険制度に投入されている。会社員が加入する健康保険組合では、社員と会社が負担した保険料の約4割が自分たちへの保険給付以外に使われているのだ。税と支援金によって不足が補填されてしまえば、保険料収入に合わせて給付を抑えるというメカニズムは働かない。

 また、厚生年金の加入者には、上場企業の退職者もいるが、彼らを税で支える合理性は何だろうか。例えて言えば、年収200万円の非正規労働者が払った消費税が豊かな高齢者の年金や医療に回る一方、年収200万円の非正規労働者は保険料を十分に納められないので、給付は削減される。これが公平な制度といえるだろうか。

 更なる問題は、この逆進的な保険料負担額が過去一貫して増大していることだ(図参照)。社会保険料(個人・会社負担合計)は12.1%で、個人所得税と法人税の合計9.6%を大きく上回る(対GDP比、2015年)。増税は国民に不人気で難しいが、保険料引き上げなら受け入れやすいと、政治が判断した結果である。筆者は社会保険制度そのものを否定するものではないが、日本のそれは原則から大きく乖離し、むしろ不公平をもたらしている。「保険」とは名ばかりなのだ。

 昨年、自民党の一部から子ども保険が提案されたが、育児や教育の拡充のために消費増税ができないことが理由として挙げられた。これは選挙を意識して増税を回避してきた政治の怠慢だと思うが、実は、これは日本に限った問題ではない。

 グローバル化や知識基盤型経済などが進展する中、低賃金・不安定職の人たちを教育や職業訓練で支援しなければ、格差が拡大し、経済成長も低下するからである。こうした課題に対して、北欧や英語圏の国は、育児・教育・職業訓練などの「社会的投資」を拡充しているが、社会保険を基盤とするドイツ、日本などのビスマルク型国家では対応が遅れている。社会保険料の引き上げは容易だったが、増税は難しい。家族が育児を担う伝統もあり、社会的投資を充実できなかったからである。

 男性の片働き・正規雇用などを前提とした社会保険は制度疲労を起こしている。欧米では、「さよならビスマルクモデル」とさえ言われている。特に、日本は、非正規の急増、男女間の差別などで、社会が分断され問題は深刻だ。

 日本は、社会保障ではもはや大きな政府だ。高齢化が進んでいるとはいえ、年金・医療支出(対GDP比)では、スウェーデンを上回る。また、社会支出(教育を除く社会保障の総額)に税の控除などを勘案した純支出では、スウェーデンとほぼ同じである(日本25.4%、スウェーデン25.3%、2013年OECD統計)。

 こうして見ると、日本の課題は明らかだ。年金や医療などを効率化し、育児・教育・訓練に充当することである。保険に過度に依存した日本の社会保障を改革できるかがカギなのだ。改革の基本戦略は、公私の役割分担を明確にし、政府は最低保障に責任を持つ一方、中高所得者には自助努力を求めることだ。税と保険の役割を区別し、相対的に豊かな者にはがまんしてもらう。

 社会的投資の拡大は喫緊の課題であるが、その方法には注意しなければならない。例えば、保育や大学の無償化は豊かな者をより助けることになり、格差や不公平を更に拡大させかねないからである。安倍政権は、人生100年時代を想定した働き方改革を提唱している。その方向は正しいが、残念ながら、選挙目当てのばらまきと言わざるを得ない。

 所得再分配や社会保険制度などについて、データに基く分析に欠けているからであり、それでは問題は解決できない。特に、安倍政権では、政権の看板政策が検証もなく次々に入れ替わり、政策立案過程が劣化している。こうした状況で、急速に進む少子高齢化をどうやって乗り切ることができるのだろうか。

 たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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