
新型コロナウイルス対策では、医療機関における診療だけでなく、感染症の予防対策や地域経済を下支えする経済対策など、様々な施策が一刻の猶予もなく求められている。休業要請や補償のあり方を巡り、国と地方の間で軋轢も生じている。日本の地方分権は、責任の所在が曖昧な部分もあり、そうした矛盾が危機の際には顕在化する。
国と地方の対立の第1の例が緊急事態宣言を受けて、都道府県が決定した休業要請の対象である。【1】東京都は感染リスクを最小限に抑えるため、当初、理髪店や居酒屋も対象にしようとしたが、国から待ったがかかった。最終的には、理髪店や居酒屋は休業要請の対象から外し、営業時間の短縮を要請することで折り合いを付けた。
もう1つは、休業補償である。国は、補償が際限なく拡大する懸念があり、施設の休業補償はできないとしてきた。2020年度補正予算には、売り上げが前年同月比50%以上、減少した中小事業者や個人事業者に法人200万円、個人100万円を上限に支給する「持続化給付金」を盛り込んだが、これは事業継続の下支えが目的であり、休業補償ではない。
また、国は「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」(予算1兆円)を補正予算に計上したが、当初は休業補償には使えないと説明していた。これが、地方の反発を招き、後日、都道府県知事の休業要請を受け入れた事業者への支援金に使うことを認めることになった。一定の枠内で地方に休業補償を任せるのは合理的な対応だ。
ただ、手続きに問題がある。国は5月初旬、「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」の都道府県への配分額を決めた。報道によれば、都道府県が国に使用計画を提出し、6月半ばに交付決定、7月に交付金が支給されるという。休業補償の迅速さが求められる現状を考えれば、交付金の使い方は都道府県に任せ、事後報告でよいのではないか。
新型コロナ対策について、国の方針に従わずに独自の対応を打ち出す自治体もある。前述した事業者への休業補償を最初に表明したのは東京都であり、その後、都道府県知事の要請を受け入れた事業者へ休業補償する動きは全国に広がった。地域独自の緊急事態宣言や小・中学校の一斉休校を最初に打ち出したのも北海道である。
地方独自の新型コロナ対策として紹介したいのは、鳥取県と和歌山県の対応である。鳥取県は感染症病床を12床→322床(4月21日現在)へ拡大し、備蓄していたマスクと消毒液を医療機関へ緊急放出した。和歌山県は、国の基準と関係なく、PCR検査を実施することを決め、2月に発生した集団感染の封じ込めに成功した。
新型コロナ対策の問題の1つは、地域によって取り組みに差があることである。報道によれば、事業者への休業補償は、東京・大阪・兵庫は100万円、福岡・石川は50万円、北海道・茨城・埼玉・神奈川は30万円、京都は20万円と支給額がバラバラである。【4】 物価の違いはあるにしても、同じ休業補償に差が出ている。
これは、地方自治や地方分権のあり方にかかわる問題である。新型コロナ対策は緊急かつ異例としても、問題の根源は、日本における国と地方の曖昧な関係にある。これまで幾度となく地方分権の取り組みが行われてきたものの、日本はまだまだ中央集権である。各省庁が都道府県と市町村を色々な面で縛っている。
本稿では、新型コロナ対策で地域独自の取り組みをしている自治体を紹介したが、多くの自治体は国からの指示を待ち、国の方針を実施することに注力している。国の方針と異なる地方独自の施策を実施して失敗すれば、自治体の責任問題になる。指導力のある首長がいなければ、地方独自の施策を講じることは難しい。
筆者は自治体関係者に「地方分権は、論理的に地域間の格差を拡大することになるが、それを許容できますか」と尋ねると、彼らはしばしば答えに窮する。地方分権は、地域の独自性を打ち出すことなので、その結果は当然に異なってくる。もちろん、どこまで格差を許容するかは議論すべきだが、格差が生じることを認めない限り、地方分権はありえない。
公共サービスがそれほど普及していなかった時代には、いわゆるナショナルミニマムを国が定め、一定の公共サービスが全国に行き渡るようにすることに意味があった。今や時代が違うのではないか。国と地方の仕事を明確に区分し、地方が責任を負う公共サービスは地方に任せ、それによって生じる一定の格差は許容すべきではないか。新型コロナ対策を巡る国と地方の軋轢の解消は、我が国の曖昧な地方分権に内在する課題である。
たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。
【1】改正新型インフルエンザ対策特別措置法では、施設に休業を要請・指示する権限は都道府県知事にある。他方、国には都道府県の措置を調整する権限がある。同じ施設の取り扱いが県境を挟んで異なれば、休業要請をしていない県の施設に人が集中するので、隣接県の措置を調整する必要があるからである。
【2】日本経済新聞朝刊、2020年4月22日
【3】文春オンライン、2020年4月22日
【4】日本経済新聞朝刊、2020年4月23日
(写真:AFP/アフロ)
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