
新型コロナウイルス感染拡大の影響で飲食店やホテルを中心に就労の場が失われている。政府は、休業手当を支払う企業への雇用調整助成金について4月から助成率や上限額を引き上げる特例措置を導入した。この特例措置は9月末に期限を迎える予定だったが、今月28日、12月末まで延長されることが決まった。雇用維持に苦しむ企業の支援は重要課題だが、すでに役割を終えた企業の退出を遅らせる負の側面もある。雇用調整助成金の何が問題なのかを検討する。
新型コロナ感染拡大に限らず、経営環境が急変して経営が悪化すると、欧米諸国では企業が従業員を解雇して業績回復を図ろうとするが、日本では、従業員の解雇が制限されており、企業は雇用調整で経営悪化に対応する。雇用調整には休業や出向、教育訓練があり、これらの雇用調整については、政府から経済的支援を受けることができる。これが雇用調整助成金である。
雇用調整助成金は、景気変動などで事業縮小を余儀なくされた事業者が、従業員の雇用を維持するため、労使協定に基づいて実施する休業や出向、教育訓練が対象になる。助成率は、中小企業で雇用調整にかかる費用の3分の2、大企業で2分の1。1日の上限額は、企業規模にかかわらず、8370円とされている。支給限度日数については、1年に100日、3年に150日に制限している。
新型コロナ感染症が雇用に与える影響を最小限に抑えるため、政府は雇用調整助成金を拡充する特例措置を導入した。特例措置は広範囲に及ぶが、そのポイントは①助成率を中小企業は5分の4、大企業は3分の2へ引き上げ(解雇がなければ、中小企業は10分の10、大企業は4分の3)②1日の上限額を1万5000円に引き上げ③中小企業に対する助成率引き上げの特例部分への一般財源の投入――である。
雇用情勢を鑑みれば、雇用調整助成金の特例措置を一定期間、延長することはやむを得ないといえるが、問題はその中味である。政府は5月25日、人と人の接触機会の大幅削減を求める緊急事態宣言を解除し、Go To トラベル事業などを柱に経済活動の早期回復を目指す。そうした政策の方向性は、雇用調整助成金の特例措置を維持して従業員の休業を促すことと矛盾しないだろうか。
そして最も大きな問題は、政府の補助金で企業を助成し続けると、企業活動や労働市場の活性化に遅れが出ることである。日本経済の持続的成長を目標とするならば、新型コロナのような感染症流行のもとで一時的な特例措置が必要だとしても、生産性が低く、不採算な企業には市場から退出してもらい、労働者が成長の見込まれる産業へ移っていくことも必要だ。
日本の労働市場の問題は、リーマンショックを端緒とする世界金融恐慌でも指摘された。日本企業が雇用を維持することと引き換えに賃金の抑制を求めたこともあり、日本経済はデフレと消費低迷を招いた。スウェーデンを始めとする北欧諸国は手厚い社会保障で知られるが、景気後退期においても、労働者を支援しても企業は支援しない。政府が支援すれば、企業の新陳代謝が遅れ、経済成長ができなくなると考えるからだ。
安倍政権は、経済成長重視を看板に成長戦略を打ち出してきた。そのベースとなったのが、2013年6月に閣議決定した『日本再興戦略』である。雇用については、「雇用維持型から労働移動支援型への政策転換」を掲げ、「雇用維持型の政策を改め、個人が円滑に転職し、経済成長の担い手として活躍できるよう、能力開発支援を含めた労働移動支援型の政策に転換する」と述べている。全く正しい方向性である。
諸外国も新型コロナ感染症対策として労働者の所得保障を実施しているが、市場メカニズムを歪める賃金の高止まりを避け、かつ、政府の財政負担が過剰にならないように、所得保障の金額を徐々に引き下げる仕組みにしている。例えば、英国は現行、1ヶ月2500ポンドを上限に給与の80%を支給しているが、それを9月に70%、10月に60%に引き下げる予定である。
雇用調整助成金の特例措置の延長は、企業と雇用の今後の在り方を左右する重要問題であり、経済財政諮問会議で改めて議論する必要がある。政策の最終決定は、内閣に委ねられるが、それ以前に証拠とデータに基づく分析や決定の過程について国民への説明が必要である。雇用維持を過度に優先し、日本経済を持続的成長に導く労働市場の改革を遅らせてならない。【1】
たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。

【1】安倍政権は、政策決定に至る意志決定の透明性が著しく低い。詳しくは政策ブログ「新型コロナ感染症対策、安倍政権5つの失政」(2020年06月17日公開)を参照されたい。
(写真:AFP/アフロ)
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