
菅義偉新首相が就任し、携帯料金の引き下げやデジタル庁の新設などの新政策で国民の期待は高まった。しかしながら、日本学術会議の会員任命でつまずき、支持率も低下している。新型コロナウイルスの感染拡大を抑え、経済の再始動が急がれる中、あえて議論を呼びかねない人事を行うのは得策ではなかった。これは安倍政権の「モリカケ問題」などに共通する姿勢であり、日本の民主主義の質に関係している。
日本学術会議の会員任命問題は、学術会議が推薦した新会員候補6人の任命を政府が拒否したことから議論が起きた。菅首相は6人を任命しなかった理由について、「推薦通り任命することまで法令上、義務付けられていない」「多様性が大事であることを念頭に、任命権者として判断を行った」などと答えた。こうした回答について、多くの国民は納得していない。
こうした菅首相の説明は、第2次安倍政権の官房長官時代の答弁と共通する。安倍首相と親密な私立大学に獣医学部新設を認めたと疑われる加計問題、昭恵夫人の国有地払い下げへの値引き関与が疑われる「森友問題」、首相の後援者を多数招待したと疑われる「桜を見る会問題」。これらの事実確認に必要な行政文書を短期間で破棄したことについて、菅官房長官(当時)は「法令上、何ら問題ない」と繰り返し答弁した。
菅氏のこうした答弁は、質問への回答になっていない。「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」は、「行政機関が保有する情報の一層の公開を図り、政府の諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにし、国民の理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」と規定する。【1】ただ説明すればよいのではなく、国民が理解できる説明でなければならない。
ここでいう「国民に説明する責務」は、「国民(主権者)から一定の権限を与えられた政府(代理人)が、その行為の内容や行動について、国民(主権者)に対して説明する義務」を意味する。アカウンタビリティは、2者の関係に適用されるものであり、ただ説明すればよいというものではなく、政府に対して「国民が理解した」という結果責任を求めるものだ。
菅首相は、国家公務員として扱われる日本学術会議の会員任命について、「公務員の選定は国民固有の権利であり、内閣総理大臣として、責任を果たすという一貫した考え方に立ち、任命を行っている」と述べた。【2】 選挙で選ばれたから、国民に代わって任命しているだけだと主張する苦しい答弁である。国民に理解できる説明になっておらず、民主主義を歪曲している。
米エール大学教授だったロバート・ダールは、民主主義に必要な要素として、①投票する権利②選挙に立候補する権利③政治的指導者が支援を求めて競争する権利④無料で公正な選挙⑤結社の自由⑥表現の自由⑦代替的な情報源⑧政策立案が投票その他の選好を表す仕組みに依拠するーーを挙げる。【3】 これらをもとに、後進の研究者は、各国の民主主義のクオリティー(質)や政府の透明性を測る指標を開発している。
ここでは、国際的な研究機関が算出する指標を紹介する。表1は、政府の信頼性や説明責任にかかわる指標である。米ギャラップ社のギャラップ・ワールド・ポール(GWP)は、国民に政府を信頼するかどうかを尋ね、政府の信頼性を測る。【4】 世界銀行のワールド・ガバナンス・インディケーターズ(WGI)の「説明責任」は国民の政府選定への関与や表現の自由の守られる度合、「法秩序」は社会秩序が法律に基づいているかどうかを測る。【5】
表2は、民主主義の質を測る指標である。独ベルステルマン財団の「民主主義の質」は、情報アクセス、法秩序、選挙手続きや市民の権利などの項目を総合して算出する。【6】 スウェーデンのシンクタンク、V-Demの「自由民主主義指数」は、政府の行き過ぎを抑制する司法や立法の機能も測る。英エコノミスト誌の「民主主義総合指数」は、政府を監視する機能や国民への説明責任を担保する仕組みも加味する。【7】
これらの指標は順位の相関性が高く、各国の位置付けはほぼ変わらない。日本は20~30位に位置付けられ、民主主義の質は決して高いと言えない。独ベルステルマン財団は経済成長率と社会保障政策、環境政策の充実度を組み合わせた「経済パフォーマンス」の指標も算出するが、民主主義の質を測る指標と一定の相関性があり、民主主義の質は国の経済パフォーマンスを高めるためにも重要だといえる。
第2次安倍政権は、連続在職日数歴代1位を記録するなど政治的に安定していたが、政策形成のプロセスは著しく劣化した。【8】 1つの選挙区から1人の当選者を出す小選挙区制を中心に据える選挙制度改革や中央省庁の幹部人事を内閣人事局に集約する公務員制度改革により、首相と内閣の権限は制度的に強化された。首相や内閣の権限が強くなれば、それをチェックする機能が求められる。
筆者は、とりわけ日本では国会が政府を監視する機能が著しく弱いと考える。例えば、ドイツで政府に不祥事が発生すると、国会議員の4分の1の賛成で、国会内に実効性のある調査委員会が設置される。日本の国会では通常、政権与党が調査委員会の設置に反対し、国政調査権は行使されない。政府の透明性や説明責任、監視機能などの面で日本の民主主義が国際的に低い水準にとどまる現状について、主権者たる国民は改めて考える必要がある。
たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。


【1】行政機関の保有する情報の公開に関する法律、1999年
【2】朝日新聞朝刊2020年10月10日付
【3】ロバート・ダール、ポリアーキー、1981年
【4】2007年の調査と2018年の調査を比較すると、日本政府を信頼する国民の割合は24%から38%に上昇している。第2次安倍政権の長期化が信頼性に影響があった可能性がある。
【5】2008年の調査と2018年の調査を比較すると、途中、若干の変動はあったものの、各国の順位はほぼ変わらない。
【6】日本の順位は2014年、2018年とも33位で変わらない。細部の項目については30位前後と項目による差異もほとんどない。
【7】自由民主主義指数は2000年から、民主主義総合指数は2014年から、日本は順位を下げる傾向にある。
【8】詳細は、政策ブログ『安倍最長内閣、選挙至上主義の功罪』(2020年9月9日)を参照されたい。
(写真:AFP/アフロ)
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