
菅義偉内閣は昨年12月21日、2021年度政府予算案を閣議決定した。説明資料は、新型コロナウイルスの感染拡大防止に万全を期しつつ、「デジタル社会やグリーン社会、全世代型社会保障制度にも対応する予算」と解説するが、新年度予算の効果や限界、新型コロナが与える影響は読み取れない。
説明資料の第1の問題点は、その対象を一般会計当初予算に限定しているところにある。今回、2021年度当初予算に加えて2020年度第3次補正予算を閣議決定しているが、予算額は2020年度当初予算と2021年度当初予算で比較している。これは、当初予算と補正予算を別物に扱うことによる。
2020年度予算は、新型コロナ感染症対策で合計3回、補正され、当初予算と大きく異なっている。それにもかかわらず、2021年度予算と2020年度当初予算と比較する意味はあるだろうか。ここは、多くの先進諸国と同様に、2019年度決算、2020年度決算見通し、2021年度予算の3つを比較すべきだろう。
説明資料には、「令和3年度予算フレーム」という資料があり、歳出と歳入の主な項目を解説する。2021年度予算では、外国為替資金特別会計など特別会計の積立金から約1兆9000億円を取り崩し、その分だけ一般会計の財政赤字が減少するという。だが、積立金を取り崩して財政状態は改善すると言えるだろうか。
積立金の取り崩しによる財政赤字の減少は見かけ上の改善にすぎない。一般会計と特別会計を統合した貸借対照表を作成すれば、財政状態が悪化することは明らかだ。ここは一般会計と特別会計を統合するとともに、ニュージーランドのように予算年度を含む予測貸借対照表を作成し、財政状態がどう変わるかを明示すべきだ。
また、日本政府の説明資料は歳入と歳出の見通し(ベースライン)を示していない。【1】 あるべき姿としては予算編成がスタートする夏の概算要求にあたり、その時点における経済成長率や物価上昇率に基づいた歳出と歳入のベースラインを発表し、ベースラインと新年度予算案を比較して何が増えて何が減るのかを議論すべきである。それが、新年度予算の評価だ。
2021年度予算の説明資料は、社会保障費について「実質的に3500億円増えるところ、歳出改革により1507億円の増加にとどめた」と説明する。「実質的」の意味が明らかでないだけでなく、少子高齢化による社会保障費の自然増でどれくらい歳出が増えるのか、どれだけ歳入が減るのかを示した総額及び主要経費の資料はない。
第2の問題点は、新年度予算の位置付けや将来への影響を示す中長期の枠組みがないことである。イギリスなどでは新年度予算を決定するにあたり、向こう5~10年の歳出・歳入、財政赤字、債務残高などの見通しを関連資料として作成する。日本では新年度予算決定の約1ヶ月後に中長期の経済財政の見通しを発表するが、これは単なるタイミングの問題ではない。
イギリス、スウェーデン、オーストラリアのように安定的な財政運営の枠組みがある国では、中期の財政フレームに基づいて予算を編成する。これは、予算を財政再建目標や財政ルールに従うように編成する必要があるためだ。予算そのものより中期の財政フレームの方が重要なのだ。
例えば、イギリスの中期財政フレームは、事実上の複数年度予算になっており、財政運営に対する拘束力がある。一方、日本の予算は、その時々の事情に応じて作成する単年度主義を採用しており、中長期の経済財政の試算は単なる見積りに過ぎず、財政運営に対する拘束力はない。【2】
また、諸外国の予算の説明資料は自国の経済、財政にとって何がリスクになるのかを分析している。一方、内閣府が1月22日に発表した「中長期の経済財政に関する試算」は、高い成長率が実現したケースとそうでないケースの2つの見通しを示すが、何が成長率を左右するリスクになるのかを分析していない。
参考になるのは、英財政責任庁の詳細なリスク分析である。【3】 昨年11月のリポートでは、新型コロナの影響を分析し、2026年までの期間について、新型コロナの影響が悪化した場合、改善した場合、中位推計の3つの経済見通しを提示。主要な経済指標について財政責任庁の推計と国際通貨基金(IMF)など外部の推計を比較し、予測バイアスがないかを検証している。
財政見通しについては、最新の歳出・歳入の推計と半年前の推計の相違を分析するととともに、新型コロナ対策で導入した政策が将来の歳出、歳入にもたらす影響を推計。イギリス政府が掲げる財政目標の達成状況も俎上に載せ、財政ルールから乖離している現状を指摘している。【4】
第3の問題点は、説明資料を事後に検証する仕組みがないことである。今回の説明資料には、「地方創生推進交付金(1000億円)や地方創生テレワーク推進事業(1.2億円)により、地方への人や仕事の流れを拡大する」と書かれているが、本当に地方への人や仕事の流れは拡大するだろうか。政府は予算や政策に関する情報を独占し、公開情報は限られている。
これらは諸外国にも共通する問題だが、現在、ほとんどの先進国は政府の財政運営を監視する独立財政機関を設置している。その形態は政府の行政組織や議会の機関など様々であるが、その機能は経済財政見通しの作成、政策実施にかかる費用の見積り、政策効果の分析である。
EU加盟国では、ギリシャ危機以降、政府部内に独立財政機関を設置することが義務付けられている。EU加盟国ではないアメリカ、カナダ、オーストラリアも独立財政機関を設置し、政府の財政運営を検証している。先進国で独立財政機関を設置していないのは、日本ぐらいである。
新型コロナウイルスの感染拡大が続く今日、仕事を失うなど影響を受ける人のセーフティネットの拡充は急務である。こうした状況下においては、歳出拡大で財政赤字が拡大し、財政リスクが大きくなることはやむを得ない。重要なことは、そうしたリスク、新型コロナの経済、財政への影響について、政府が国民に分かりやすく説明することである。
たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。
【1】政府は当初予算の国会審議にあわせて、「予算及び財政投融資計画の説明」や予算書、予算参考書類を発表する。これらに追加的なデータが盛り込まれるが、国民が理解できる説明にはなっていない。
【2】中長期の経済見通しにはリスクがある。筆者の推計では、名目成長率、実質成長率とも約1%の誤差がある。例えば、政府見通しが3%ならば、実際の成長率は2%である。
【3】The Office for Budget Responsibility, Economic and Fiscal Outlook Report, November 2020
【4】ニュージーランド財務省が公表する「Half Year Economic and Fiscal Update 2020」も新型コロナの経済、財政への影響に焦点を当てて詳細な分析を行っている。
(写真:AFP/アフロ)
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