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財政

グリーン社会と環境税の行方

明治大学教授 田中秀明

2021/02/24

グリーン社会と環境税の行方

 菅義偉首相は1月18日、衆院本会議で就任後初めて施政方針演説を行った。菅首相は、新型コロナウイルス感染症対策、東日本大震災被災地復興に続いて、「グリーン社会の実現」を重要政策として掲げた。欧州諸国は環境対策を未来の経済成長を支える技術革新と位置付けており、施政方針演説はこうした動きに倣うものだ。

 この「グリーン社会の実現」の下敷きになっているのが、昨年12月に閣議決定した『2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略』である。カーボンニュートラルとは、1年間の二酸化炭素の排出量と吸収量を等価にする取り組みを指す。2018年に10億6000万トンだった日本国内の炭素排出量を2050年までに「実質0トン」にするという。

 日本のカーボンニュートラルの取り組みは、諸外国に比べて遅れをとってきた。二酸化炭素の排出量を削減する手法として二酸化炭素排出権に価格を付けて企業に排出削減を促すカーボンプライシング制度があるが、「カーボンプライシング制度の導入はコスト増につながる」として、日本製鉄など大企業を中心に反対が多いためだ。【1】

 企業にとってカーボンニュートラルの取り組みは成長の制約となる後ろ向きの費用と考えられていたわけだが、菅政権は環境対策を積極的な投資と位置づけ、①洋上風力産業②水素産業③自動車・蓄電池産業④住宅・建築物産業――など14分野で目標と政策の工程表を示した。

 例えば、現状、ほぼゼロの洋上風力発電を2040年までに最大4500万キロワットに引き上げ、洋上風力発電、水素発電、原子力発電所の再稼働などにより、再生可能エネルギーで2050年の発電量の約50~60%を賄う目標である。電力以外の一般企業、運輸、家庭については省エネルギーの推進などにより、目標達成を目指す。

 「グリーン社会の実現」に大きく舵を切る菅政権の方針は評価できるが、財源の裏付けには問題がある。『グリーン成長戦略』は、投資減税や予算配分、金融支援により、2030 年に年間 90 兆円、2050 年に年間 190 兆円の経済効果を見込む。数字は素晴らしいが、投資に見合う効果になるだろうか。

 『グリーン成長戦略』に先立つ『2021年度与党税制改正大綱』には、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」が盛り込まれている。洋上風力発電設備や脱炭素化と付加価値向上を両立する生産設備などの導入に対して、2021~2023年度末まで3年間、最大10%の税額控除または50%の特別償却を認めるとしている。

 これ以外にも、カーボンニュートラル実現に向けた投資をした場合の繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例措置や新型コロナ感染症の影響で売上高が前年比2%以上減少しながら試験研究費を積極的に増やした場合の研究開発費の控除拡大などの税制支援策を打ち出している。

 もっとも、こうした租税特別措置については、減税の規模が大きい割に経済効果が乏しいとの指摘が多い。【2】 各省庁が財務省に対して税制改正要望を提出する際には、租税特別措置の「必要性」「合理性」「有効性」を説明することになっているが、そうした効果を示すデータがほとんどないのだ。

 一方、諸外国がカーボンニュートラルの重要な柱にしているのが、カーボンプライシング、とりわけ炭素税である。しかし、『グリーン戦略』では、炭素税については「企業の現預金を活用した投資を促すグリーン成長戦略との関係性や排出抑制効果の課題が存在している」として導入の検討すら予定していない。

 みずほ情報総研によれば、ガソリンにかけられるCO2排出量1トンあたりのエネルギー税・炭素税の税率はイギリス=40%、スウェーデン=39%、フランス=37%、ドイツ=36%に対して日本は24%にとどまる。経済協力開発機構(OECD)の環境データベースで環境関連税の負担を比較しても日本の負担は著しく低い。(図)

 立憲民主党の岡田克也氏が2月5日の衆院予算委員会で「地球温暖化対策税の今年度税収見込み額が2600億円では温暖化ガスの排出抑制効果が乏しい」と指摘したのに対して、菅首相は「数千億円ではなくどんどん増やしていかないといけない」と税収拡大に意欲を示した。【5】 菅首相が本気で取り組んでいくことを期待したい。

 日本で導入されている地球温暖化対策税は、その税収を省エネルギー対策や再生可能エネルギー普及などの環境対策に充てている。しかし、諸外国の環境税は環境対策に限定していない。例えば、イギリス、デンマーク、ポルトガルは一般財政需要に充当している。環境対策だけでなく、税制全般の議論が必要なのだ。

 菅政権が『グリーン成長戦略』を重要課題と位置づけたことを受け、環境対策に関係する環境省、経済産業省も動き出した。環境省は2月1日、「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」を約1年半ぶりに再開。経済産業省もカーボンプライシングの導入を検討する有識者会議を新たに設置する方針を示す。

 『グリーン成長戦略』が描くビジョンは美しいが、「負担軽減」や「恩恵付与」の裏付けとなる負担面を議論せずに成功するとは思えない。これからの環境対策、環境税の在り方について国民に説明し、理解を得ることができるか。菅首相の指導力が問われている。

 

 たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。

 

【1】朝日新聞朝刊2020年10月16日付

【2】詳しくは拙稿「租特透明化法等の意義と課題」(会計検査研究 55、2017年)などを参照されたい。

【3】環境省、諸外国における炭素税等の導入状況、2017年7月

【4】みずほ情報総研、日本の脱炭素化政策の今後、みずほ情報総研レポート17、2019年

【5】日本経済新聞朝刊2021年2月6日付

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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