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財政

子ども庁の問題点

明治大学教授 田中秀明

2021/05/05

子ども庁の問題点

 自民党は4月13日、菅総裁直属の「こども・若者」輝く未来創造本部の初会合を開き、子育てや教育に一体的に取り組む「子ども庁」創設の検討を始めた。本部長には、二階俊博幹事長が就任。今秋に予定される次期衆院選の公約に明記し、2022年度中の発足を目指すという。【1】

 将来世代のためになる子育てや教育の支援策を拡充することに反対する人は少ないだろう。だが、「子ども庁」を創設すれば、子育てや待機児童、子どもの貧困などの問題は速やかに解決できるのだろうか。本稿では、子ども庁の創設について組織と政策の二つの面から検討したい。

 政府・自民党はデジタル庁の新設に倣って「子ども庁も」と考えたのだろうか。政策目的のために必要な組織を整備することは良いが、デジタル庁は子ども庁ほど複雑ではない。デジタル庁の母体となるIT総合戦略室はもともと調整組織である一方、各省庁はデジタル化を活用する側であり、基本的に横並びの関係である。

 他方、子どもにかかわる保育所、幼稚園、児童手当、少子化対策、貧困対策などについては、内閣府、文部科学省、厚生労働省を始め多数の官庁が業務を所管している。これを省庁から担当部局を全て集めて巨大な「子ども庁」をつくるのだろうか。

 これまで政府・自民党には、保育所問題、児童手当、少子化対策、貧困対策などを担当する厚生労働省は肥大化し過ぎており、組織を分割すべきだといった議論があったが、厚生労働省はダメで子ども庁は大きくても良いのか。行政組織をどう編成するのか、政府の方針は一貫しない。

 また、少子化や子どもの貧困対策を総合的に推進するために省庁を横断して設立された「少子化社会対策会議」(議長は首相)や「子ども・若者育成支援推進本部」(同)、「子どもの貧困対策会議」(会長は首相)などの会議体が多数存在するが、こうした会議体も全て子ども庁が所管することになるのだろうか。

 さらに難しい問題は地方自治体との連携である。子育てにかかわる施策の多くは市区町村を中心とする地方自治体が担っている。厚労省や文科省は施策推進の観点から地方自治体の担当部局と連携してきたが、そうした連携を維持しながら、さらに子ども庁が地方自治体と連携するのだろうか。行政組織の改編には有形無形のコストがかかるが、それを上回る効果がなければならない。

 子ども庁が新しく必要であるというならば、現状において何が問題であり、それがどう解決されるかが示されなければならない。前述のように、少子化対策や子どもの貧困対策に取り組む会議体が複数あるが、それらでは不十分なのはなぜか。子ども庁の設置で現在のどのような問題が解決するのか。菅首相は具体的な効果を国民に説明すべきだろう。

 縦割り行政の是正を狙いとした2001年の中央省庁等改革により、総務省、厚生労働省、国土交通省といった巨大官庁が誕生した。しかし、これらの官庁は巨大過ぎてガバナンスが効かず、縦割り是正による効用より弊害が大きい。官庁の所管や責任を限定した方が、ガバナンスは効くのではないか。

 本質的な問題は縦割りではなく、総合調整ができていないことにある。その代表例が幼稚園と保育所の一元化である。幼稚園と保育所は同じ幼児を対象にしながら、歴史的な経緯や考え方の違いから所管官庁が幼稚園は文科省、保育所は厚労省に分かれてきた。

 1990年以降、幼稚園と保育所を一元的に管理しようという議論があった。これは文科省と厚労省の間の縄張り争いといった単純な話ではなく、幼稚園と保育所の背後にある関係業界と自民党族議員の対立だ。この対立は何十年にもわたり、その解決策として導入されたのが、幼保一体化施設である「認定こども園」である。

 幼保一体化施設と言っても、幼稚園と保育所が統合されたわけではなく、幼稚園と保育所を残したまま認定こども園が作られた。所管省庁は、文科省でも厚労省でもなく、内閣府である。新しい施設ができたことにより、幼児を対象にした公的サービスは複雑化するとともに、内閣府が所管官庁に加わり、これまでの2者調整が3者調整になった。

 自民党の「こども・若者」輝く未来創造本部では、幼保一元化も議論すると言うが、それを阻んできたのが自民党族議員である。諸外国のような幼保の一元化はできず、認定こども園は妥協の産物といえる。幼稚園、保育所の族議員がいる中、子ども庁が創設されても幼保一元化は形式的なものになる可能性が高いのではないか。

 組織より重要なのは子育て支援そのものである。近年、子育て支援、児童手当拡充などの家族対策の予算は増額されているが、先進諸国に比べれば見劣りする。日本の家族対策支出は、対国内総生産(GDP)比で1.6%。経済協力開発機構(OECD)加盟国39ケ国中の30位にとどまる。(図)

 日本に限らず、社会保険が社会保障の中心を担う国においては、家族対策や障害者対策、教育への支出が相対的に少ない。これらの支出は社会保険では対応できないからだ。逆に社会保障を主に一般財源で賄うデンマークやスウェーデンは家族対策や障害者対策、教育への支出が充実する。

 社会保険が中心の国の中でも問題が深刻な国が日本である。家族対策などへの支出を充実するための一般財源が確保できていない。政策ブログ『社会保険は制度疲労、年金・医療制度を改革しよう』で指摘したように、逆進的な社会保険料が所得に占める割合は一貫して増大している。年金や医療の面で高齢者が過度に優遇されているのだ。

 日本は家族が育児を担う伝統もあり、これまで家族対策や教育などへの支出を充実できていなかった。日本の社会保障の中心を担う社会保険は、男性中心の雇用、正規雇用中心主義、右肩上がりの成経済長を前提としたものであり、過去は機能したとしても、今や制度疲労を起こしている

 子育てや教育の支援策を充実することに異論はないが、これらを充実するために国債を増発することはないだろうか。選挙権のない子どもたちの了解を得ずに、彼らに国債の償還や利払いを押し付けるのだろうか。もしそうだとしたら、子ども庁は選挙に勝つための方便と言われても仕方がない。

 これまで多くの特別法を制定し、対策本部も設置してきたが、なぜ機能しないのか。子ども庁を創設することにより、問題は解決するのか。子育て、教育の支援策を拡充するための財源はどう手当てするのか。本当に子どもたちの将来を思うのであれば、これらを国民に説明する必要があるだろう。

 

 たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。

 

【1】日本経済新聞朝刊2021年4月14日付

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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