
厚生労働省が6月4日発表した2020年の人口動態統計によれば、出生数は84万832人、出生率は1.34だった。出生数は前年より2万4407人減り、過去最少。新型コロナウイルスの感染拡大が人口動態にも影を落とす。本稿では、コロナ禍が拍車をかける世代間の格差や不公平について考えたい。
国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(2017年推計)』は、合計特殊出生率について3通りの推計をしている。通常引用される中位推計では、出生率は1.42~1.44。2065年の総人口は9490万人、高齢化率は35.6%になる。また、下位推計では、出生率は1.20~1.25。2065年の総人口は8213万人、高齢化率は41.2%になる。
出生率は、25歳以上の出生率上昇で2015年に5年ぶりに増加したものの、2016年から再び減少に転じている。出生率は中位推計の1.42~1.44の水準というよりも低位推計の1.20~1.25の水準に近づきつつある。出生率の低下は労働力人口の減少につながり、年金財政の将来見通しにも影響が出てくる。(図)

年金財政検証では、人口推計や生産性上昇率、物価上昇率から経済成長や労働参加の程度が異なる6通りのケースを推計している。経済成長と労働参加が進むと仮定した推計が「ケースⅠ」「ケースⅡ」「ケースⅢ」であり、生産性上昇率はそれぞれ年率1.3%、同1.1%、同0.9%としている。
一方、経済成長と労働参加が進まないと仮定した推計が「ケースⅣ」「ケースⅤ」「ケースⅥ」であり、生産性上昇率はそれぞれ年率0.8%、同0.6%、同0.3%となっている。もっとも、年金財政検証の直前10年間(2008~17年)の生産性上昇率は平均0.7%。経済成長と労働参加が進むと仮定した推計はかなり楽観的といえる。
政府は、現役男性の平均手取り収入額を年金受給世帯の夫婦2人の基礎年金と夫の厚生年金の合計額で割った所得代替率が50%を切らないことを国民に約束している。【1】 そして、「ケースⅠ」「ケースⅡ」「ケースⅢ」ならば、2050年時点で所得代替率50%を維持できるとしている。
しかしながら、出生率が低位推計の1.20~1.25で推移すると、年金財政の将来見通しは大幅に変わってくる。出生率が1.20~1.25で推移すれば、労働力人口が減り、経済成長と労働参加が最も進むと仮定した「ケースⅠ」でさえも、所得代替率は50%を維持できなくなる。
これは、人口動態の変化に応じて年金給付を削減する「マクロ経済スライド」が発動されるからである。この削減は年金財政の健全性を維持するためのもので、厚生年金の報酬比例部分より基礎年金部分の方が大きく、基礎年金部分しかない国民年金の受給者ほど厳しい影響を受ける。
出生率の低下は年金給付の削減につながり、年金給付の削減は将来の高齢貧困層を増やすことにつながっていくのである。そして、この年金給付削減の影響をより大きく受けるのは、現在の年金受給者ではなく、将来の年金受給世代である、今の若い人たちである。
次は医療である。参院本会議は6月4日、原則1割となっている75歳以上の医療費の窓口負担を、年収200万円以上は2割に引き上げる改正法を可決した。この法改正により、75歳以上の医療費の窓口負担は3段階になる。その対象者数は3割負担=約130万人、2割負担=約370万人、1割負担=約1315万人である。
75歳以上の高齢者を対象にした後期高齢者医療制度は、①政府の一般財源(2020年度予算ベースで約7.9兆円)②現役世代の支援金(約6.8兆円)③高齢者の自己負担(約1.5兆円)④高齢者の保険料(約1.4兆円)――で賄う。75歳以上の窓口負担を2割に引き上げても現役世代の支援金の抑制効果は2025年度で約830億円にとどまる。【2】
世代間の不公平はわずかに改善するが、そもそも現役世代の窓口負担は一律3割であるにもかかわらず、なぜ高齢者の窓口負担は1~3割なのか。年齢階級別1人当たり医療費は、75~79歳の高齢者は年間77万円の医療費を使う一方、窓口負担と保険料の合計額は14.7万円である。
一方、現役世代の25~29歳は年間10.1万円の医療費を使う一方、窓口負担と保険料で年間28.2万円を負担する。年齢階級別で最も負担が重くなる50~54歳になると、年間23万円の医療費を使う一方、窓口負担と保険料で40.9万円を負担する。【3】 現役世代と高齢者の世代間格差は許容範囲を超えており、抜本的な改革が必要だろう。
日本の課題は、急速に進む少子高齢化を乗り切ることである。それには、育児や教育、雇用訓練の支援が必要になるが、そうした分野への資源配分は極めて少ない。他方、医療保険や公的年金には多額の一般財源が投入され、結果として豊かな高齢者も支援している。世代間の不公平は著しい。
安倍晋三政権は、「1億総活躍社会の実現」「全世代型社会保障の構築」を提唱し、その方向性は菅義偉政権に引き継がれた。政府が6月18日に決定した『骨太の方針 2021』は、「セーフティーネットを強化し、格差の拡大・固定化を防ぐとともに、誰一人として取り残さない包摂的な社会を構築する」との方針を掲げる。
こうした方向性に異論はないが、問題はその財源である。『骨太の方針 2021』は、「子供たちに負担を先送りすることのないよう、十分に安定的な財源を確保する」としている。これがリップサービスでなければ、政府・与党は来る衆院選の公約の中で財源確保の具体策を明らかにすべきだろう。
たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。
【1】所得代替率は、分母が2人分なのに分子は1人分で算出する。また、モデル世帯が夫の片働きを前提とするなど日本社会の実態にそぐわない。
【2】日本経済新聞朝刊2021年6月5日付
【3】厚生労働省保険局調査課、医療保険に関する基礎資料 ~平成30年度の医療費等の状況~、2021年1月
(写真:AFP/アフロ)
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