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財政

予算繰り越しの問題点

明治大学教授 田中秀明

2021/08/11

予算繰り越しの問題点

 財務省は7月30日、2020年度予算の繰越額が過去最高の約31兆円になったと発表した。予算の繰り越しは、予算を年度内に使い切れず、翌年度に繰り越して使う制度。筆者は金額の多寡というよりも、恒常的な予算の繰り越しが日本の予算制度や予算編成の根本的な問題にかかわると考えている。

  2020年度予算は新型コロナ対策で3回にわたって補正予算を編成した結果、一般会計の歳出総額は当初予算の約103兆円から最終的に約176兆円に膨れ上がった。予算の繰越額が増えた主因は、新型コロナ対策として約19兆円を追加した第3次補正予算にある。【1】

 第3次補正予算のうち、どれくらい繰り越されたのかは明らかになっていない。報道によれば、飲食店の時短協力金に充てる「地方創生臨時交付金」(3.3兆円)、新型コロナ感染者を受け入れる医療機関への「緊急包括支援交付金」(1.4兆円)、「Go Toトラベル事業」(1.3兆円)などが繰り越しになったという。【2】

 2020年1月28日に成立した第3次補正予算は、年度内に残された期間が約2ヶ月間しかなく、その執行に無理があった。補正予算が成立して予算を執行できるようになっても、予算を執行する前に申請や契約、入札などの諸手続きが必要になるものもあるからだ。

 それでは、2020年度予算の繰り越しは新型コロナ対策が影響した例外的なことだろうか。金額は突出しているが、これまでの補正予算による追加額と歳出総額に占める繰越額の割合をみると、補正予算による追加額が大きければ大きいほど繰越額の割合も大きくなっていることが分かる。(図)

 予算の繰り越しが増える主因は補正予算にあるといっていいが、そもそも補正予算は財政法の趣旨を踏まえれば限定的に編成すべきものである。例えば、生活保護費などの義務的経費が不足した場合や予算作成後に「特に緊要」になった経費を支出する場合にのみ認められている。【3】

 ただ、財政法は何が「特に緊要」なのか、具体的な基準を示しておらず、実際には「何でもあり」になっている。財務省の常套句は、「当初予算は我慢してほしい。その代わり補正で補う」である。当初予算は抑制して補正予算で政治家や省庁の要求に応える予算編成上のテクニックと言ってもよい。

 政治家や省庁の要求に応じても、補正予算ならば1回限りという言い訳もできる。また、生活保護費など政府の義務的経費を当初予算で少なく見積もり、補正予算で追加することもできる。生活保護費を切り詰めることはできないが、当初予算で過少に見積もったからと言って法律違反にはならない。こうした会計上の操作はかなり多かった。

 改めて第3次補正予算の中身をみると、新型コロナ感染症対策(4.3兆円)のほかに「中小企業の資金繰り支援・インバウンド復活に向けた基盤整備・水田の畑地化」(6.5兆円)、「防災・減災・国土強靭化」(2.1兆円)、「災害復旧・廃棄物処理」(0.6兆円)、「自衛隊の運用確保」(0.4兆円)など、新型コロナ対策と直接関係のない支出が約6割を占める。

 こうした補正予算は、政治主導で「20兆円」「30兆円」といった補正予算の総額がまず決まる。そして、それに合わせるように各省庁が要求し、財務省も「タマを出せ」「もっと要求しろ」とさえ言うのである。その結果、当初予算で認められなかった必要性の低い予算が盛り込まれていくのである。

 また、予算を繰り越さないようにするために、「基金」を創設するというのも常套手段である。第3次補正予算でも、研究開発のための「大学ファンド」という名目で5000億円が計上されている。基金にすれば、会計年度に縛られることなく、いつでも自由に使えるのだ。

 もはや補正予算は政治を忖度するツールと言っていい。当初予算は社会保障費や国債費など義務的経費が中心になっており、裁量的経費は限られる。一方、補正予算は裁量的経費が多く、いわば匙加減が効く。匙加減一つで首相官邸あるいは党首脳に「予算を確保した」とおもねることができるのだ。

 日本の予算制度には、年度の経費を年度の歳入で賄う「会計年度独立の原則」と国会が予算を毎年度、議決する「予算の単年度主義」のルールがある。【4】 原則では、年度内に完成しなかった道路の経費はいったん取り消し、再度、予算要求しなければならなくなる。これでは不合理なので、こうした事態に対応する手段の1つが予算の繰り越しである。【5】

 予算の繰り越しには、もともと年度内に支出が終わらない見込みがある公共工事などについて繰り越しを国会に事前承認してもらう「明許繰越」(めいきょくりこし)と自然災害など避け難い事故によって年度内に支出を終わらせることができなくなった「事故繰越」(じこくりこし)がある。

 政府が当初予算や補正予算の編成にあたり国会に提出している正式な予算書には「明許繰越」を適用する経費を具体的に列挙している。第3次補正予算の予算書をみると、約20ページにわたり「明許繰越」の項目が列挙されている。予算の繰り越しの相当部分は最初から決まっていたのである。

 財務省は「繰越制度は会計年度独立の原則の特例であり、無制限に認めることは適当でない」と説明する。【6】 自然災害の影響で公共事業を翌年度に繰り越すことは適切だとしても、年度末に成立する補正予算に「明許繰越」を適用するのは財政法の趣旨に反するのではないか。

 補正予算は、「予算の単年度主義」とあいまって、予算の無駄を増やし、財政規律を低下させている。こうした弊害を是正するため、財政規律を遵守する国々では3~4年間の中期で予算を管理する「中期財政フレーム」を導入し、歳出総額にシーリング(上限値)を定めている。【7】

 例えば、スウェーデンの中期財政フレームは、予算年度を含めた3年間の歳出総額のシーリングを設定する。シーリングは議会で議決されており、簡単に変更できない。【8】 シーリングの適用を受ける補正予算は通常、余った予算を足りない分野に振り向けたり、予備費を取り崩したりするもので、日本の景気対策のようなものは想定されていない。

 巨額の予算繰り越しは、日本の予算制度の問題を浮き彫りにした。政治家は選挙に勝つために予算を活用しようとしがちであるが、税金を負担する国民の負託に応えているといえるだろうか。国の予算は国民生活にとって極めて重要であり、過度の借金依存は将来世代への負担転嫁にもなる。日本には予算を「賢く使う」仕組みづくりが求められている。

 

 たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。

 

【1】第3次補正予算では新型コロナ対策のほかに地方交付税交付金の追加や既定経費の削減があり、全体の追加額は15.4兆円だった。

【2】朝日新聞朝刊2021年7月31日付

【3】財政法第29条

【4】「会計年度独立の原則」の根拠は財政法第12条、第42条、「予算の単年度主義」の根拠は憲法第86条である。

【5】予算の繰り越し以外にも複数年にわたる契約を認める国庫債務負担行為と複数年の支出をあらかじめ認める継続費の制度がある。

【6】財務省、繰越しガイドブック(改訂版)、2020年6月

【7】内閣府は『中長期の経済財政に関する試算』を半期ごとに作成しているが、将来の歳入、歳出の見積りに過ぎず、ここでいうシーリングとは異なる。

【8】国債費はシーリングの例外とされている。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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