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年金

基礎年金のあるべき姿

明治大学教授 田中秀明

2022/02/09

基礎年金のあるべき姿

 昨年9月の自民党総裁選に出馬した河野太郎行政改革相(当時)が消費税を財源とする公的年金を提案したが、否定的な見解が多かった。あらゆる政策にメリットとデメリットはあるが、河野氏の提案に対して冷静な議論が行われていないように思われる。少子高齢化や貧困高齢者の問題を視野に入れ、公的年金のあるべき姿を考えたい。

 これまでの公的年金の在り方をめぐる議論においては、現行制度の問題点が必ずしも明らかになっていなかった。現行制度の問題点が明らかになれば、自ずと改革の方向性も定まってくる。現行制度の中でとりわけ問題が多いのは、政府が基礎年金と位置付ける「国民年金」である。

 第1に、国民年金は保険料の免除者や未納者が多い。厚生労働省年金局・日本年金機構『公的年金制度全体の状況・国民年金保険料収納対策について』によれば、2020年3月末時点で被保険者1453万人のうち708万人が保険料を支払っていない。これは被保険者全体の48.7%にあたり、対象者の半数が保険料を支払っていない計算になる。

 第2に、国民年金の保険料は所得に対して逆進的である。保険料は原則、1ヶ月につき1万6610円で所得に関係なく一律である。保険料が一律なので所得が多い人にとって負担は軽いが、所得の少ない人にとって負担は重い。この逆進性が保険料の未納者を増やす要因にもなっている。

 国民年金には所得などに応じて保険料を全額あるいは一部免除する制度があるが、保険料を満額納めた人からすれば、これも不公平な仕組みである。年金給付の半分は政府予算の一般財源で補てんされるので、保険料が半額免除されれば満額納めた場合の4分の3の年金給付が受けられるのである。

 第3に、年金制度は高齢者が貧困に陥らないためのものであるが、国民年金がその目的に適っているとは言えない。国民皆保険の基盤とされる国民年金は1961年の創設から60年が経過したが、生活保護世帯の半数は高齢者世帯である。そして、生活保護を受ける高齢者世帯は継続的に増えている。

 これで、どうして「国民皆保険」「国民皆年金」と言えるのか。政府がいう「基礎年金」は、ヨーロッパ諸国のように、高齢者の生活を保障する基礎年金にはなっていない。それだけでなく、そもそも基礎年金という年金制度自体が存在しない。きわめて曖昧なものなのである。

 厚生労働省は日本の年金制度は国民年金(基礎年金)、厚生年金、企業年金などの3階建てと説明するが、「国民年金(基礎年金)」とはどういう意味なのか。実際には国民年金と厚生年金の2本立てで、基礎年金は国民年金と厚生年金の定額給付部分を統合し、財政的に苦しくなった国民年金を救済する財政調整なのである。

 この財政調整が様々な矛盾と不公平をもたらしている。低所得者が負担した消費税が、高所得者が受給する厚生年金の基礎年金部分に充当される半面、低所得者は国民年金の保険料を満額納めなければ、年金給付が削減されてしまう。【1】 比ゆ的に言えば、貧しい現役世代が豊かな高齢者を助けているのである。

 国民年金の保険料を満額納めなければ、年金給付が削減されるのは当然と思うかもしれないが、そうではない。低所得者も消費税などを通じて基礎年金を支えているのだ。年金をはじめとする社会保障制度に投入されている政府予算の一般財源の総額は2019年度で約52兆円。このうち約10兆円が相対的に豊かな人が多い厚生年金の財源に使われている。

 基礎年金では、国民年金加入者を第1号被保険者、厚生年金加入者を第2号被保険者、第2号被保険者の配偶者を第3号被保険者と呼ぶ。1号の保険料は所得に関係なく定額、2号、3号はゼロである。【2】 このため、同じ専業主婦でもサラリーマンの配偶者は保険料を納める必要はないが、自営業者の配偶者は保険料を納める必要がある。

 また、パート労働者の厚生年金加入が段階的に進められているが、これも単純に喜べない。2022年10月以降、①月額賃金が8.8万円以上②1週間の所定労働時間が20時間以上③従業員数が100人を超える――などの条件を満たすと、パート労働者でも厚生年金に加入できるようになる。

 例えば、月額賃金が8.8万円ならば、厚生年金保険料は労使合わせて1万6104円なので、個人負担となる8052円は国民年金保険料の半額以下である。保険料が少ないにもかかわらず、基礎年金部分に加えて報酬比例部分も受給できる。厚生年金に加入できるパート労働者にとっては「お得」だが、国民年金と比べて不公平ではないか。

 近年、雇用は流動化しており、「サラリーマンから自営業者へ」また「自営業者からサラリーマンへ」と働き方が変わることも珍しくない。しかし、働き方が変わるごとに「厚生年金から国民年金へ」あるいは「国民年金から厚生年金へ」と公的年金を切り替えなければ、年金保険料の未納問題が発生する。

 2019年の年金財政検証によると、今後のマクロ経済スライドの発動により、現役世代の平均賃金に対する基礎年金部分の割合を示す所得代替率は、出生・死亡率を中位とすると、36.4%(2019年)から21.9%(2100年)まで低下する。他方、報酬比例部分の所得代替率は25.3%(2019年)から22.6%(2100年)とわずかしか減少しない。

 また、就職氷河期世代に多い非正規雇用者は、経済的な理由により、国民年金の保険料を満額納めていない人が少なくない。生涯未婚者も増えており、彼らは老後生活を自分で支えなければならない。こうしたことから、生活扶助基準に満たない貧困高齢者は約10%(2010年)から約20%(2060年)へ倍増すると見込まれている。【3】

 政府は、今後さらに少子高齢化が進んでも、マクロ経済スライドの発動で年金財政がバランスするので、これ以上の改革は必要ないと考えている。だが、現状をみると、とうていそのようには考えられない。このまま手を打たなければ、生活保護世帯が増えるだけで、高齢者の貧困率はさらに悪化するだろう。

 問題の本質は、基礎年金を保険料と税金で賄う仕組みになっていることである。そもそも保険制度では「国民皆年金」は達成できない。どのような社会情勢であっても保険料を負担できない人は存在する。ドイツのように保険制度を基盤としている国は「国民皆年金」を標ぼうせず、保険料を負担できなかった人には生活扶助で対応している。

 筆者は、基礎年金は老後生活のセーフティネットであるべきと考える。その財源は全額、政府予算の一般財源とし、本来の基礎年金を実現すべきである。財源を全額、一般財源とすれば、国民年金、厚生年金の基礎年金部分の負担がなくなるし、財源が急に増えることもない。他方、高所得者の基礎年金を課税により実質的に削減することも必要だろう。

 新しい基礎年金は居住期間によって給付額が算定されるべきだが、これまで保険料を納めてきた人とそうでない人との公平性の観点から、被保険者がこれまでに負担した保険料を年金給付に反映させる必要がある。このため、一般財源による基礎年金に完全に切り替わるのは、制度変更時に20歳の人が60歳を迎える40年後になる。

 「40年後では遅い」という指摘があるが、問題の多い現行制度を維持するより、毎年、少しずつ改善していく方がベターではないか。実際、オランダは1950年代に基礎年金を税金で賄うように制度を変更し、50年かけて新制度に移行した。「今から40年後」は決して遅くないのだ。

 かつて旧民主党政権が、国民全員が新しい報酬比例年金に加入し、年金給付額が一定より少なければ政府が差額を補てんするスウェーデン型の最低保障年金を提案したことがあったが、現行制度をつくってきた自民党と公明党が反対した。今回の河野氏の提案に対する反発にはそうした背景もある。年金改革は、政党間のメンツの問題もあり、冷静な議論が行われにくい。

 日本の公的年金は、老後生活の最低保障として不十分である。マクロ経済スライドが導入され、年金財政は安泰でも国民の老後生活は保障されない。日本の75歳以上口がピークを迎えるのは、団塊ジュニアが75歳になる2050年頃である。30年後に向けて年金改革は待ったなしであり、速やかに国民的な議論を進めていく必要がある。

 

 たなか・ひであき 1960年、東京都生まれ。東工大院修了、旧大蔵省(現財務省)へ入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官を経て、明治大学公共政策大学院教授。政策研究大学院大博士。

 

【1】基礎年金の給付の半額は政府予算の一般財源で補てんされる。この一般財源に消費税が含まれる。

【2】厚生年金の保険料率は報酬比例部分と合わせ報酬の18.3%である。基礎年金部分の保険料は明らかにされていないが、4%程度と推計される。

【3】『季刊・社会保障研究』所収の稲垣誠一「高齢者の同居家族の変容と貧困率の将来見通し」(2013年)を参照されたい。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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