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財政

消費増税対策、禍根を残す軽減税率の導入

京都産業大学教授 八塩裕之

2019/02/20

消費増税対策、禍根を残す軽減税率の導入

 政府は2019年10月、消費税率(地方消費税を含む)を8%から10%に引き上げる。消費増税への反発も強いが、長期的な財政見通しを考えると、今回の増税は予定通り実施すべきだ。

 これまで政府は2025年度を目標に財政再建を進める方針を示してきたが、2025年度はあくまで問題の入口に過ぎない。周知のように、日本の少子高齢化は世界最速で進んでおり、現役世代の人口減少や社会保障費の増大による財政難は2025年度以降、深刻になる。

 増税を先送りすると、少子高齢化がさらに進んだ段階で増税が必要になり、国内景気へのダメージはより大きくなる。国内景気へのダメージを最小限に抑えるためには、段階的に増税を進めるべきだろう。欧州各国は、日本の消費税に該当する付加価値税率をおおむね20~25%に設定している。対GDP税負担率も日本よりはるかに高い。諸外国との比較の面でも日本はまだ増税の余地がある。

 政府が、消費増税による景気の落ち込みを抑えるために打ち出したキャッシュレス決済のポイント還元などの諸政策には批判もある。だが、予定通り短期間で終わる一時的な対策であれば、短期的にはともかく、長期的には大きな問題にならないかもしれない。

 むしろ将来に禍根を残すと考えられるのが、酒類・外食を除く食料品への軽減税率の導入である。消費増税の影響が大きい困窮世帯の負担軽減が狙いとされ、政治的な人気が高い制度だ。付加価値税に軽減税率を導入している欧州各国の財政学者や租税学者は近年、軽減税率のプラスよりもマイナスの大きさを指摘しているが、軽減税率は一度導入されると半永久的な制度になる可能性が高い。

 軽減税率が導入されると、例えば、コンビニの持ち帰りとイートインの区別をどうするかといった線引きの問題が出てくる。企業は税率10%の取引と8%の取引を区別して管理しなければならず、人的資源が限られる中小事業者にとって、この問題は大きい。

 請求書に商品の消費税率や消費税額、発行事業者番号の記載を義務付けるインボイス制度が導入されず、中小事業者に対する簡易課税制度や免税制度が残る中、軽減税率の適正な適用も難しい。また、軽減税率では、外食は税率10%、食料品は税率8%に区分けされるため、税制が国民を外食から自宅での食事に誘導することになる。しかし、外食より自宅での食事を税制上、優遇する理由は定かではない。

 そして一番重要な問題は、肝心の軽減税率の負担軽減効果が貧困層よりも富裕層にとって大きくなることだろう。実際、軽減税率の税負担軽減額が最も大きいのは高級食料品を買う富裕層であって困窮世帯ではない。

 総務省「家計調査」によれば、全国の2人以上世帯の年収十分位のうち、最も年収が高い第Ⅹ分位階級世帯(平均年収1400万円)の1年間の平均食料品購入額は117万円。軽減税率による税負担軽減額は117万円×2%=2.3万円になる。一方、年収が最も少ない第Ⅰ分位階級世帯(平均年収210万円)の1年間の食料品購入額は65万円で軽減税率の税負担軽減額は65万円×2%=1.3万円に過ぎない。

 直観的には理解されにくいが、軽減税率の負担軽減効果は富裕層に最も大きく波及する、困窮世帯対策としての効果は小さい、いわばバラマキ的要素が強い政策なのである。困窮世帯対策に重点をおくのならば、軽減税率は一切設けず外食、食料品とも10%課税したうえで、一律1.8万円を配るほうが、負担軽減策として効果がある。

 著者は一歩進めて、消費税増税による困窮世帯の負担軽減策を所得税の抜本改革につなげるべきだと考えている。具体的には、税務申告の結果、所得が少ない人には税務署から給付を行う「給付付き税額控除制度」制度の導入である。【1】 そもそも所得税の役割の一つは高所得層から低所得層への所得再分配であり、給付付き税額控除の導入は、その意図に叶うものである。近年、所得税改革のなかでこの制度を導入する国も出ている。

 日本の所得税は所得再分配機能が非常に弱く、消費税率の引き上げを機にこうした改革を行うことは、所得税改革としても望ましい。困窮世帯の負担増を避けつつ、全体としては消費増税による税収増を図ることが可能である。ただし、給付付き税額控除導入へのハードルが高いことも事実である。諸外国では給付付き税額控除の不正受給が問題になるなど、その執行に課題がある。また、数年前から検討されている所得税改革とも一体的に進める必要がある。

 当面は困窮世帯の負担軽減を簡素な措置で行いつつ、今後の所得税改革と併せて「給付付き税額控除」制度に移行するシナリオが考えられる。給付付き税額控除の導入を含めた所得税改革は、消費税増税以降も重要な課題である。今後、検討が進むことを期待したい。

 

 やしお・ひろゆき 1968年、埼玉県生まれ。京大経卒、旧日本鋼管(現JFEホールディングス)へ入社。一橋大院修了。財務総合政策研究所研究官、京都産業大学専任講師、准教授を経て、京都産業大学経済学部教授。一橋大博士(経済学)。

 

【1】 給付付き税額控除制度は、シカゴ学派の経済学者、ミルトン・フリードマンが『負の所得税』として、その導入を提唱している。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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