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財政

低所得層の減税効果拡大 所得税の所得控除を税額控除に

京都産業大学教授 八塩裕之

2019/04/10

低所得層の減税効果拡大 所得税の所得控除を税額控除に

 所得税には、公共サービスの費用を徴収するほかに、高所得者から低所得者へ所得を再分配し、社会的な公平と活力を維持するという役割がある。ところが、日本の所得税は、この所得再分配の効果が極端に小さい。

 所得課税(所得税・個人住民税+社会保険料)の再分配効果を国際比較したOECD(経済協力開発機構)の資料を見ると、調査対象の21カ国の中で日本の再分配効果が最も小さいことが分かる。

 一方、個人住民税を加えた所得税の最高税率は55%であり、諸外国に比べてもかなり高い水準にある。世界で最高税率が最も高い福祉国家、スウェーデン(約60%)に次ぐレベルである。

 日本の所得税は最高税率が高いにもかかわらず、なぜ所得の再分配効果が小さいのか。その理由として、日本政府が国民の税負担軽減のために積極的に活用する所得控除がある。

 まず、日本の所得税制度の計算方法(概略、①式)を示す。

 (給与収入-所得控除)×累進税率=所得税額 ‥ ①

 所得控除には、基礎控除や配偶者控除、扶養控除、社会保険料控除に加えて、サラリーマンやパート労働者には「必要経費の概算控除」として給与所得控除がある。1  税額は給与収入から所得控除を差し引いた課税所得に税率をかけて算出する。税率は個人住民税を含めた最低税率が15%、最高税率は55%である。2

 日本は低所得者への課税を避けるため、もしくは、景気対策として所得控除の対象を広げてきた。この結果、日本の所得税に世界でも稀な所得控除の仕組みができあがったのである。

 例えば、サラリーマンやパート労働者に適用される給与所得控除は、世界の大半の国でわずかしか認められていないが、日本では最大で195万円まで認められる。夫婦2人世帯で片方がサラリーマンとして働く場合に認められる所得控除の総額は、年収500万円で270万円、年収1000万円で381万円にもなる。

 ①式に示すように、所得税額は、給与収入から所得控除を差し引いた課税所得に税率をかけて算出するため、所得控除の減税効果は税率の高さに比例する。すなわち、その減税効果は高所得者ほど大きくなる。

 例えば、所得控除を10万円増やすと、最低税率15%が適用される低所得者の減税効果は1.5万円だが、最高税率55%が適用される高所得者の減税効果は5.5万円になる。

 先にみたように日本は数百万円の所得控除を認めており、これによる高所得者への減税効果は大きい。日本の所得税の再分配効果が強いように見えて、実際は非常に弱い理由はこの点にある。

 欧米諸国ではこうした問題が認識され、所得控除ではなく税額控除が使われている。その場合の所得税制度(概略)は②式となる。

(給与収入-最低限の所得控除)×累進税率-税額控除=所得税額 ‥ ②

 ②式に示すように、税額控除は課税所得に税率をかけた値から差し引くため、その減税効果は税率の影響を受けない。例えば、税額控除の最も簡単なケースとして、国民に一律3.5万円の「基礎税額控除」を認めるケースを考えると、その減税効果は低所得者も高所得者も一律3.5万円であり、所得控除に比べてはるかに低所得者に有利になる。

 所得税の所得再分配の効果をさらに高める仕組みとして、「給付付き税額控除」制度を使う国もある。給付付き税額控除とは、②式で税額控除を差し引いた後の所得税額がマイナスになる場合、その金額を税務署から納税者に給付する制度である。

 欧米諸国では「給付付き税額控除」を所得再分配にとどまらず、シングルマザーの就労支援や子育て世帯の経済支援などの政策に活用する。また、低所得者の付加価値税(日本の消費税)や社会保険料の負担軽減に用いる国もある。

 

 所得控除を税額控除に代えると、高所得者は増税にならざるを得ない。これに対して、年収1000万円以上の高所得世帯でも子育てや介護で決して暮らしは楽ではないとの指摘がある。

 税負担が増える高所得世帯に対しても、年収に関係のない、子育て支援、介護支援などで配慮が必要かもしれない。ただ、税制としては広がりすぎた所得控除の問題を改善する必要がある。

 実際、所得控除が広く適用される結果、個人住民税を含む日本の所得税の負担率は対GDP比でOECD平均の約6割にとどまり、これが政府の財政赤字の原因にもなっている。この点でも所得控除問題の解消は検討に値する。

 近年、高所得者の所得控除縮小など、改革の動きも出てきたが、諸外国に比べると依然隔たりは大きい。日本も税制を抜本的に見直し、所得控除を税額控除に代える大改革に踏み込むべきだろう。

 やしお・ひろゆき 1968年、埼玉県生まれ。京大経卒、旧日本鋼管(現JFEホールディングス)へ入社。一橋大院修了。財務総合政策研究所研究官、京都産業大学専任講師、准教授を経て、京都産業大学経済学部教授。一橋大博士(経済学)。

 

(写真:AFP/アフロ)

 

1 必要経費である給与所得控除と、最低限の所得への課税を避けるために設定されたその他の控除では性質が違い、区別して議論すべきといわれる。ただ、いずれも高所得者に有利な点に変わりはなく、本稿では区別しない。

2 税率は「超過累進税率」である点には注意が必要である。税率表では課税所得4000万円以上に最高税率55%(個人住民税10%を含む)が適用されるが、その税額は4000万×55%で計算されない。55%が適用されるのは、4000万円を超えた所得であり、4000万以下の課税所得には、税率表に示されたより低い税率が適用される。

3 2018年度税制改正では、給与収入500万円の場合、基礎控除48万円、配偶者控除38万円、社会保険料控除50万円、給与所得控除144万円の合計270万円。給与収入1000万円の場合、基礎控除48万円、配偶者控除38万円、社会保険料控除100万円、給与所得控除195万円で合計381万円になる。

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