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新井淳一の先を読む

2012年12月19日 安倍マジックの限界

日本経済研究センター研究顧問 新井淳一
将軍はいつも前回の戦争と戦おうとする。同様に政府は前回の景気後退と戦おうとする
(ロバート・スキデルスキー 何がケインズを復活させたか 日本経済新聞出版社)


 ある国の首相が議会でこんな演説をしたことがある。「わが国は社会経済の基本的変化に正面から立ち向かうのをあまりにも長い間、先のばししてきました。金融緩和と減税と財政支出の拡大をすればそれだけで不況から脱出できると思っていたのです。はっきり申し上げてその選択肢はもはやないのです。残念ながらやりかたを変えないと、この国の余命はいくばくもない状態です」。

 国民の前で「国の余命が尽きる」と率直に語ったのは英国の元首相ジェームズ・キャラハン氏だ。1978年、長年にわたる英国経済の停滞、いわゆる英国病が最悪の状況にあった時のことだ。それから1年もたたない間にサッチャー政権が誕生、規制緩和、民営化など矢継ぎ早に構造改革を推進、連続20年を超える成長の時代を開いたことはよく知られている。

 総選挙を経て自民党・公明党政権が誕生した。安倍首相の第一声がキャラハン演説のようであればうれしいのだが、残念ながら選挙戦での演説では、金融のさらなる緩和と公共事業の拡大が中心で、構造改革にほとんど触れなかった。キャラハン氏が「このままでは余命いくばくもない」といった道具立てを一段と大きな声で語ったに過ぎない。本当にこれでよいのだろうか。将軍が前回の戦争と戦うように、自公政権は体質が変わってしまった日本経済に相変わらず昔ながらの手を打とうとしているのではないか、という懸念がついて回るのである。

 むろん、安倍政権が志向する超金融緩和や公共事業の推進が短期的には日本の景気に多少、プラスになることは事実だろう。円安になれば輸出産業が息をつけるし、トンネルの天井崩落事件に象徴される古ぼけた道路や港湾は安全対策が実施される。現に日経平均は安倍政権の誕生をはやして大幅上昇だ。

 しかし、それだけで日本経済が抱える病根が全て解決するわけでない。少子高齢化、企業の海外脱出、国債残高の増大、電機・機械・自動車などの日本を支えたリーディング産業の疲弊、生産性の低いサービス業や農業の存在など、日本経済が抱える諸課題の解決には構造対策を抜きにしては何もできない。金融の超緩和と公共事業の効能を頭から否定はしないが、平行して日本経済の体質を根本から変える政策を実行しなければならない。それを欠くと結果は国債残高の膨張だけが残り、逆に日本経済の危機の引き金を引くことになりかねないのである。

この世で一番むずかしいのは、新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ
(ジョン・メイナード・ケインズ)

 
 リーマン・ショック以降の先進国経済に共通するのは、経済の体質が、需要をつければ回復するケインズ型不況でなく、金融危機と公的債務危機の混在する新型不況であることだ。ユーロ危機が典型だが、米国経済の立ち直りがいつになく遅いのも、金融機関の経営が健康を取り戻していないからだ。日本の金融は米欧に比べれば問題は少なく、当面の日本経済を新型不況というには異論もあろうが、日本国債のかなりの部分を日本の金融機関が持っていることを考えれば、何かのきっかけで金利が上昇するだけで金融機関は大きな含み損を抱える。その意味では、日本も将来の新型不況の有力な候補者であり、欧州連合(EU)や米国と同じ悩みを抱えていることは、確かだろう。

 日本経済がケインズ型の需要不足に基づく不況なら安倍新首相の処方箋で十分である。しかし、国家債務の大きさが危険なところまで来ていて財政の出動が極端に制限される新型不況に対してはあまり効果があるとは思えない。ケインズ自身が言っているように「古い考え」を捨てきれるかどうかなのである。仮にケインズがいま生きていたら、ひたすら需要をつけるだけの対策はやめるべきだというような気がする。少なくとも国債を増やす形で需要をつけるなら、長い目で見てそれがマイナスにならない方策を同時に実行する必要があるからだ。

 新政権が実行する必要がある構造対策の第1は高齢世代と若者世代の税金や社会保障などに関する世代間格差の是正だろう。明大世代間政策研の試算によると、厚生年金の生涯受け取り総額から社会保険料の生涯支払い額を差し引くと、1940年生まれは3090万円の受け取り超であるのに対し、2010年生まれは2840万円の支払い超だ。一生のうちに政府に支払う税・社会保険料の総額と政府から受け取る社会保障給付や教育、公共事業からの便益の総額比較に対象を広げると、2008年度の60歳以上世代が4000万円の受け取り超。一方、20歳未満世代のそれは8000万円の負担超だ。その差は1億2000万円である。

 世代から世代への移行を円滑に進めるのも国家の重要な役割と見れば、この格差を放置しておいてよいはずはない。しかも、これを放置すれば、社会保障の歳出膨張につながり、社会保障制度の崩壊や国家債務の急増によるソブリンリスクを招く。新政権がいち早く手を打たないといけないのは誰の目にも明らかである。昨年冬、米誌「ニューヨーカー」に載った漫画の中で初老の男性が銀行の窓口でこう申し込む。「孫息子の未来を担保にローンを組みたい」。生涯で1億2000万円の格差は言ってみればこの漫画の通りだろう。

 第2は企業が日本のなかで円滑・自由に活動できる諸方策とでもいおうか。法人税の引き下げから将来の成長分野である医療・介護などの産業を育てるための規制緩和、エネルギー体制の確立、国内総生産(GDP)の7割を占めるサービス業の生産性向上などの諸々の戦略の立て直しである。内需主導の大切さが言われてから随分な時がたつが、日本経済の体質は基本的には自動車・電機、素材など輸出産業主導のままだ。グローバル経済に振り回される輸出だけでなく、これからは輸出と内需の2本足で行く必要がある。

 第3は環太平洋経済連携協定(TPP)の加盟交渉の推進である。総選挙での自民党のTPP戦略は「聖域なき関税撤廃を前提にする限り交渉参加に反対」というものだった。支持基盤の農村票への配慮ということか、歯切れはよくなかったが、安倍総裁自身が「国益が守られれば当然交渉する」と述べているように頭から参加反対ではない。「おコメは例外にできるという読みの裏返し」と自民党の本音を解釈する向きもあるが、それならば、まず交渉参加をきちんと表明して欲しい。

 TPPに入らなくても中韓との自由貿易協定(FTA)や東アジア中心に16カ国が参加する地域包括的経済連携協定(RCEP)で交渉すればよいとの意見もあるが、中韓などアジアの国が日本との交渉に同意したのは、日本がTPP交渉に参加すると見たからである。TPPに入らない日本なら魅力はないと肝心の中韓FTA交渉などが進まなくなる恐れがあるのである。

 今年、話題の本に英エコノミストの「2050年の世界」(文芸春秋社)がある。その中にこんな下りがある。「2050年の国家の姿は老齢の有権者が政治的影響力に乗じて勝手なまねをするという悲観的な見方もある。もし、そうなれば悪夢のような未来が現実になる。だが、投票は私益のみを目的とするものではないし、老齢者も常に子孫と未来に心を配るだろう。改革がなぜ必要かを政治家が説明できれば、2050年の国家はより機動力のある適応性の富んだものになるだろう」。

 そう、政治家が説明できれば、なのである。衆院選は自民党の圧勝に終わった。参院で否定された法案を覆すことが可能な3分の2のポストの確保。文字通りの大勝である。だが、圧倒的な勝利には圧倒的な責務が伴うのも政治の世界の常識である。構造政策は未来への投資でもある。未来への投資を恐れた国が栄えた験しはない。要は新政権が改革を説明できれば違った日本が生まれるのである。にもかかわらず、来年夏の参院選が念頭にあって無難な運営に終始すれば、日本は改革ができない国と海外からレッテルを張られてしまう。勝ち方が見事だったのだ。金融と公共事業だけで日本の株価をつり上げる、いってみれば安倍マジックというところだが、当然のことながらそれだけでは限界がある。

(2012年12月19日)

(日本経済研究センター研究顧問)

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