トップ » 新井淳一の先を読む

新井淳一の先を読む

2013年4月22日 アベノミクスと分かりやすさ

日本経済研究センター研究顧問 新井淳一
自分の持ち役を見事に演じあげるためには、(演者は)劇の全体を知っていなければならない
(岡倉天心 茶の本 岩波文庫)


 岡倉の言葉は演劇に関するものだが、案外、このことはお堅い分野の政治や政策についても該当するのではないか。演者である国民や企業が作家である政策当局の意図を正確に理解していないと、政策実行という劇の流れが滞るということである。政策にも演劇同様、分かりやすさが欠かせないということだ。

 その点、アベノミクスにおける金融政策は分かりやすい。2年間で物価上昇率を2%にする。通貨供給量を大胆に増やし、目標到達のためにはできることは全て実行する。政策目標が国民の目に見える。分かりやすさという点では、日本の金融政策史上、初めてのこと。安倍政権登場以来の株高・円安はこの分かりやすさがもたらしたものといってよい。

 しかし、アベノミクスが成功に至るとしたら、もうひとつどうしても分かりやすくなってもらわなければならない分野がある。それは財政の分野である。中長期的に見て、アベノミクスが日本の財政の再建につながるという未来図が描けるかどうか。描けるならそれを分かりやすく国民の目の前に提示することである。

 アベノミクスが前提としているのは、物価が2%の水準まで上昇すれば、景気が回復、名目成長率も3%ぐらいまで上がって、税収が増えるというものだろう。加えて消費税が10%まで上がる。そうなればさしもの巨大な財政赤字という岩盤も崩れだすという想定だ。だが、本当にそれを信じてよいのか。

 日経センターの試算によると、円相場が1ドル=95円で推移、日経平均は1万4000円に上昇、公共事業の5兆円増額を継続という結構、おいしい条件でも、物価が2%まで達するのは10年後という結果が出ている。財政赤字はむしろ、その間、若干の悪化だ。単純に名目成長率が上がれば、歳出削減がなくても財政赤字の壁が自然に崩れるというわけにはいかないのである。

 「公的債務が制御不可能になれば、人類には恐ろしい破滅が待ち受けている」というのはフランスの論客ジャック・アタリ氏だ。イタリア、スペイン、キプロスなど欧州の財政赤字国の悲劇がアベノミクスの展開次第では日本に及ばないという保証はない。アベノミクスの成功には片手で物価を持ち上げながらもう一方の手で財政赤字を減らすというツイストめいた政策展開が必要なのである。

 では、アベノミクス財政政策における分かりやすさとは一体、何か。短期的には財政面からの刺激も必要だろうから赤字も増える。しかし、それが中長期的にみた将来の財政赤字の増大につながらないための歯止めが必要だ。日本の国債発行残高のGDPに占める比率は200%を超え先進国の中ではダントツに高い。これ以上赤字が増えるようでは、市場の反乱が起きても不思議はない。短期的な財政面からのてこ入れを正当化するためにも、中長期的な財政再建の工程表が望まれる。分かりやすさとはその工程表のことである。

伸び行く歴史がよい歴史でなければならないように、経済もまたよい経済でなければならぬ
(大原総一郎、大原総一郎随想全集 福武書店)


 1960年代、日本の高度成長期の真っ只中に経済同友会のリーダーとして単純な高成長礼賛に異を唱え、伸び行く経済の中味に注文をつけた倉敷レイヨン社長の大原の発言である。アベノミクスが目指す物価上昇にも、円安による輸入価格の高騰だけの「悪い物価上昇」と、消費や投資の回復から実体経済の拡大を伴った「よい物価上昇」がある。「よい物価上昇」につなげるには、財政赤字という日本経済のアキレス腱に何らかの手を打つ必要がある。

 洋の東西を問わず財政再建は政治の世界の嫌われ者である。失われた20年の間にも歴代日本の政権はこれを敬して遠避けたが、それでも果敢に挑んだリーダーはいる。ひとりは1996年から98年までの橋本龍太郎首相、もう一人は2001年から06年までの小泉純一郎首相だ。

 橋本内閣は行政改革、金融システム改革、経済構造改革、財政構造改革、社会保障構造改革、教育改革の6つの改革を唱え財政では97年に財政改革法を作り、公共事業、社会保障、文教など主要経費ごとに歳出の上限を定めた。小泉政権では経済財政諮問会議中心に安易に財政出動に頼らない経済を作ることを目的に、公共事業や社会保障の抑制と国債発行を30兆円以下に抑える方針を明示した。しかし、前者はアジア通貨危機、後者は格差拡大などの様々な社会的抵抗もあって財政再建が成功したわけではない。財政再建が待ったなしの課題であるという国民向け説明の分かりやすさという意味でもいま一歩、欠けたものがあった。

 財政再建の工程表として政府が公表しているのは、2015年度に国内総生産(GDP)に対する基礎的財政赤字額の割合を10年度に比べ半分にし、20年度には黒字にするというものだ。基礎的財政収支とは社会保障や公共事業などの政策経費が税収でどのくらい賄われているかを示すもので、プライマリーバランス(PB)ともいう。経済財政諮問会議の民間委員もこの工程表の15年度の赤字半減の堅持を主張しているという。リーマン・ショック以降の財政拡大で15年度の赤字半減は極めて厳しいが、それが可能というなら、目標を数字で明示しており、政策の分かりやすさでも高く評価できる。

 しかし、分かりやすさという意味で、安倍政権が参考にするとしたら極論でもあり劇薬ではあるが、米国の「財政の崖」ではないか。増税の民主、経費削減の共和両党の対立で2年にわたる財政健全化交渉が続く米議会。交渉がまとまらなければ強制的に大幅な歳出カットが実行され、米国景気が崖から落下するように悪化するという意味の「財政の崖」、名付け親はバーナンキFRB議長だ。現にこの3月には連邦政府予算を約1割減らす強制削減が実行され、現場は右往左往。ではなぜ、これがアベノミクスの参考になるのという声も出るはずだが、実はこの条項があることによって、米国では財政赤字の削減が進むという思わぬ効果もあるからなのである。

 米国では日本と違って国債発行による資金調達を海外に頼っている。信頼が揺らぐと一気に国債価格が下がる。「財政の崖」はある意味では、最悪の事態が起きても赤字はこれ以上増えないという歯止めの役割を果たすのである。海外の買い手にとってみれば、米議会政治の対立がどうなっても一種の安心を確保できる。一方、議会にとっては「財政の崖」に米国経済が陥っても困るから、双方とも何とか妥協点を探す。事実、「財政の崖」導入2年間の結果はそう悪いものではないのである。米国の財政再建の目標は日本円に換算で400兆円と膨大なものだが、「財政の崖」効果もあってすでに200兆円以上は固まったといわれている。

 安倍政権が日本でこの強制削減を導入するには、実際問題、反対が多いと思う。日本の国債の買い手は9割近くが国内だし、米国とは事情が違う。しかし、政策の分かりやすさという意味では、歳出の強制削減ほどはっきり目に見えるものはない。決められない政治が続いていても、一定限度以上の悪化はしない安心感はある。市場も評価するはずだ。米国の世論調査では「財政の崖」には半数近くの賛成があるという。劇薬も使いようによって良薬になる可能性もある。特に日本のように政治家が与野党問わず歳出削減にしり込みする伝統のある国では効き目がある。分かりやすさが利点なのだ。

 優れた政治家の資質を一言でいうなら、分かりやすい言葉で語るということではないか。いつの時代もそれは同じはずである。経済は心で動いている。アベノミクス、分かりやすさでは金融はいまのところうまくいっている。今度は財政、政府の出番だ。米ハーバード大のアルベルト・アレシナ教授とイタリアのポッツコーニ大のロベルト・ペロッティ教授は、財政再建を成功させた諸国を分析し、増税による再建より歳出削減を主にしたほうがうまくいくという結論を出した。増税3、歳出削減7が成功の黄金律だという。その意味では、優れた政治家とは、歳出削減を国民に分かりやすく説明し、しぶしぶながらも納得させることができる人ということになるが、どうだろうか。

(2013年4月22日)

(日本経済研究センター研究顧問)

△このページのトップへ