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新井淳一の先を読むヒント

2016年12月12日 【最終回】あつかましいリーダーの登場と世界経済

日本経済研究センター参与 新井淳一
「適切でない人間がリーダーに選ばれたら悲劇のツケを払うのは国民だ」(ランベルト・ディーニ元イタリア首相)

 今年も残り3週間となった。英国の国民投票でEU離脱派が勝ち、米国の次期大統領にトランプ氏が決まるなど、波乱続きだった2016年という年を、未来の歴史家たちはどう定義するか。私だったら「あつかましい人たちが世界のリーダーに並んだ年」としてみたいが、どうだろうか。

 「あつかましい」を辞書で引くと、「恥知らずで遠慮や慎みがない、ずうずうしい、厚顔である」が出てくる。そして引用例では「ずかずかと上がりこむ、しゃしゃり出る」。「従来のしきたりをあっさり破り、それを恥じとは思わない」との記述もあった。

 12月に入ってトランプ米次期大統領が「従来のしきたりをあっさり破り、しゃしゃり出てくる」場面が2件あった。ひとつは台湾の蔡英文総統との電話協議の実施を自身のツイッターで公表したことだ。米国は1979年の台湾断交以来、「一つの中国政策」に配慮して、この種のやりとりを公にしたことはない。トランプ氏がそれをあえて公表したのは、台湾を国家として認めない中国をけん制し、今後の同国との通商交渉などで主導権を得る狙いだという。

 中国側が「米国が一つの中国政策を守り、台湾問題を慎重かつ妥当に処理することを促す」というコメントを出すだけの「大人の対応」をしているので、当面に限れば、大きな争点にはならないはずだ。しかし、トランプ陣営が「通商」を通じた「米国民の雇用の確保」のために、中国外交の1丁目1番地である「一つの中国政策」にまで踏み込んだことは事実。本人にとって見れば、使える材料はみな使えという感覚だろうが、それが外交上の従来の慣行をあっさり無きものにしたわけだ。この「あつかましさ」が中台関係を先行き不安定にし、東アジアに波乱を呼ぶ恐れが十分ある。

 もう一つの「しきたり破り」は、米国の雇用を守るためと称する「口撃」で、民間企業の設備投資計画に介入したことだ。空調大手キヤリアはかねてインディアナ州の工場を閉鎖しメキシコへ移す計画を明らかにしていた。トランプ氏は選挙中もこの移転計画を批判しており、次期大統領に決定後、改めてキヤリア社の親会社幹部に電話をして移転阻止を実現させたのである。民間企業の投資計画が政治介入で覆る。自由経済の牙城の米国だけに異例のことで批判も多いが、これがトランプ流。「しきたりをあっさり破り、それを恥じとしない」のである。

 トランプ氏は大統領選の中でも、メキシコ政府の資金で米国との国境線に壁を作り、不法移民の流入を防ぐことを約束した。環太平洋経済連携協定(TPP)への米国の不参加も公約の一つ。次期大統領に決まったあとは、オバマケア(低所得層を保護するための医療保険制度改革)の廃止、キューバとの国交回復交渉の見直し、イラン制裁解除の再検討などを言いだしている。

 オバマ政権の政策遺産というべきものを根っこから覆す勢いである。前政権が約束した国と国の取り決めや内政面での重大決定を覆す。覆される当事国や米国民にとって見れば、そんなに軽い約束・取決めなのかという当惑があるはずだが、それに関しては「遠慮や慎み」が全くない。

 むろん、話は政治の世界のことである。あつかましさが全て悪いわけではない。あつかましさは優秀な政治家の条件のひとつであり、それがないと固い岩を繰り抜くような、タフな仕事である政治の世界で生きていけないとも言える。現在の市場中心のグローバル経済の基調を作った偉大なリーダーと言えば、レーガン元米大統領とサッチャー元英首相の名が上がるが、強い意思でそれぞれ自国の経済を活性化させた半面、ふたりの自分が信じるものへのこだわりは、当時の人々から見れば、十分にあつかましい政治家であったとも言える。

 しかし、私があえてトランプ氏のあつかましさが問題だというのは、実際にどう見てもできない非現実的なことを語って、支持層を掴んでいるからである。たとえば、1100万人の不法移民を国外退去処分にしてメキシコ国境にメキシコ政府の負担で壁を作る。それが本当に実行可能なのか。テロの歴史がある国からのイスラム教徒の入国を禁止するという公約。テロの歴史がないイスラムの国などありえないのだから、言ってみれば、イスラム教徒の全面入国禁止だが、その実現可能性はいかほどのものなのか。

 裏表のある物事のどちらかの面にしか目を向けずにすぐ結論を出すのも、トランプ流のあつかましさだ。北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国からの輸入が増え米国の雇用が奪われていることは確かかもしれない。しかし、その輸入品が平均的米国人のより良き生活を支えている事実をどう評価するのか。北大西洋条約機構(NATO)や日本のような安全保障上の同盟国が公正な資金負担をしていないとの批判、実はその同盟が、ある意味では米国の安全を支えている事実は、支持者に伝わっていない。

 もっとも、世界を見渡せばあつかましいリーダーがいないわけではない。西欧諸国を中心にした強い反対を押し切ってクリミヤ半島を自国のものにしてしまおうというロシアのプーチン大統領。南シナ海に人工島を作り、自国海域の拡張をはかる一方、米国との間で太平洋の勢力圏を分け合う構想を打ち出す習近平中国国家主席。加えてオバマ米大統領に「地獄に落ちろ」と叫んだフィリピンのドゥテルテ大統領と二枚舌外交のトルコのエルドアン大統領。「遠慮や慎みがない」という点ではあつかましいリーダーの条件を十分に満たす。

 しかし、トランプ氏がこうした人々と決定的に違うのは、世界の盟主米国のリーダーであることだ。ロシアのプーチン大統領のあつかましさを抑えるのは、これまでは米国のオバマ大統領の役割だった。中国の習近平国家主席の野望も米国が頭を押さえる形でバランスを保ってきた。その米国自身があつかましさを売り物にしたリーダーを大統領に選んだ。2016年を一言で言うなら、あつかましさを取り締まる世界の警察官が消えてしまったということなのである。

 ともあれ、あつかましさの基本は自国ファーストで反グローバルである。グローバル化の逆流とまでいかなくても、一時的には足踏みするということであろう。政治的にも経済的にも国境を再び高めようという動きが広がる可能性もある。EU統合もしばらくは小休止、英国に次ぐ2番手、3番手の離脱が出てくるかもしれない。先日のイタリアの憲法改正の是非を問う国民投票は現政権側の敗北、反グローバル・EU懐疑派の「5つ星運動」が活気づいている。来年は春にオランダの総選挙とフランス大統領選、秋にドイツの総選挙。仮にドイツのメルケル首相が移民問題などで反グローバル化の波に飲み込まれるような事態になったら、欧州の反グローバル化は決定的なものになる。

 さて、日本とトランプ氏の米国との関係である。安全保障政策で大状況が変化しない限りは、問題含みなのは通商・通貨の経済分野だろう。米国景気が順調に拡大をしている限り問題はないが、雇用の伸び悩みやドル高の弊害などが表面化した場合は、あつかましさの台頭できびしい2国間協議となる。1980年代の日米関係は、政治面ではロン・ヤスの蜜月関係だったが、経済面では構造協議や円高要請など緊迫した10年が続いた。その再現がありうる。

 トランプ氏の大統領当選以来、米国では高値更新の株高が続いている。公約にある大幅減税とインフラ投資の拡大が米国経済を底上げするという期待からだが、その効果が出てくるのは、実は再来年以降のことである。来年の米国経済は、夏には景気の拡大期間がこれまでの平均(95カ月)を越え、景気循環上はむしろ、いつ腰折れしても不思議ではないところである。円安・ドル高を生み出したトランプ旋風、とりあえず日本の市場関係者は歓迎の意向だが、持続性のあるものかどうかの見極めが大切である。

 「適切でない人間がリーダーに選ばれたら悲劇のツケを払うのは国民だ」という冒頭のディーニ・イタリア元首相の言葉。これにあえて付け加えるなら、ツケを払うのは、選んだ国民であることはもちろんだが、場合によってはより大きなツケを払う破目になりかねないのが、その選挙に参加できなかった世界の人々でもあるということだ。グローバル化はすでにそこまできている。超大国のあつかましさはほどほどに願いたいところだ。

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 本稿「先を読むヒント」の執筆を始めて2年半、前身の「先を読む」も含めれば8年半、コラムを書かせていただいた。今回が最終回。拙文をお読みいただいた読者の方々には感謝で一杯だ。読後の感想や批判を手紙や電話でいただいたのもよい思い出だ。あつかましく書き続けたという意味も込めて、最終に当たる今回は「あつかましさ」をテーマにした。

(2016年12月12日)


(日本経済研究センター参与)


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