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深尾光洋の金融経済を読み解く

2010年12月1日 欧州財政危機の本質

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 1999年1月の通貨統合以後、比較的安定していたユーロ圏諸国の経済は、リーマン・ショックを経て不安定性を増している。特にギリシャの財政危機発生以降は、いわゆるPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)諸国の国債金利が上昇している。本稿では、この原因を探ってみよう。

問題はらみつつ欧州通貨統合を実施

 筆者がパリの経済協力開発機構(OECD)に勤務していた93年頃にはすでに、欧州は通貨統合の諸条件を満たしていないのではないかとの疑問が、多くの通貨問題専門家の間で議論されていた。当時欧州連合(EU)域内では労働者の移動は完全に自由化されていたが、欧州諸国間の実際の労働移動は米国各州間に比較して大幅に低かった。欧州では国によって言語が異なるため、制度的に労働移動が自由であっても、実際の地域間の労働の移動性は低いからである。

 こうした経済政策運営上の問題点の指摘に対し、通貨統合を推進した欧州の専門家は「通貨統合は政治判断であり経済効率の観点からの判断ではない」と指摘していた。長い歴史の中で戦争の絶えることのなかった欧州の平和を維持するためには、経済的なコストがあったとしても欧州の経済統合を進めていくことが必要だとの判断である。このように、通貨統合は問題をはらんだまま実行された。

通貨統合後に不均衡拡大

 EUのうちドイツ、フランス、イタリア、スペインなど11カ国が99年1月に統一通貨ユーロを導入したが、ギリシャはこれに2年遅れて2001年からユーロを導入している。ユーロ圏諸国は、経済がより成熟したドイツ、フランス、オランダなど先進諸国と、まだ発展段階が相対的に低いギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアなどPIIGS諸国に、大きく二分することができる。先進諸国は潜在成長率も低めで、低めの金利が経済に適合している。これに対してPIIGS諸国は潜在成長率も高めで、高めの金利が適合している。しかし欧州中央銀行(ECB)は一つの金利政策しか運営できないため、先進諸国にとっては過度に高い金利、PIIGS諸国にとっては過度に低い金利が設定されてきた。

 通貨統合以降、最近の経済不安にさらされるまでの間は、PIIGS諸国の企業や家計は従来よりも低い金利での借り入れが可能になった。実質金利でみると、この金利の不適合はさらに大きかったと言える。

 ユーロ圏の中では景気が過熱しバブルが発生したPIIGS諸国が相対的に低い実質金利で借り入れられるようになり、それ以外の先進諸国では高い実質金利に直面した。このため、先進諸国の内需は弱めでややデフレ気味となり、経常収支は黒字が定着してきた。これに対してPIIGS諸国の内需は強めでインフレ気味となり、経常収支は赤字基調であった。この状態が通貨統合から10年も継続したため、PIIGS諸国は先進諸国に対して徐々に国際競争力を失い経常赤字を発生させ、それを先進諸国からの借り入れで賄う構造ができあがってしまった。経常収支はドイツ、オランダが黒字を続け、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャが赤字を続けた。

 ユーロ圏周辺諸国の消費者物価上昇率はドイツを2%程度上回り、08年までに、ドイツに比較して15〜20%もの物価格差を発生させ、その分だけ国際競争力が低下してしまった。各国の通貨統合時点で指数の水準を同じになるように調整したドイツとPIIGS諸国の消費者物価の推移を示す図を見ると、10年時点ではドイツが最も低く、これに対してギリシャとスペインは、20ポイント近くも高い。ユーロ圏域内では、ある国が物価上昇などによりいったん域内での国際競争力を失うと、為替相場の調整ができないため、物価を引き下げる必要がある。現在のPIIGS諸国の経済が困難になっている背景には、物価上昇による競争力の低下がある。



 物価格差がこれだけ乖離(かいり)すると、通貨統合前の固定相場制時代のEUでは、高インフレ国が為替相場を切り下げて競争力の回復を図るのが普通であった。しかし、ユーロを導入してしまった現在、通貨切り下げの実施は不可能に近い。仮にギリシャがドラクマを再導入して、ドラクマをユーロに対して切り下げたとしても問題の解決にはならない。なぜなら従来の政府債務はユーロ建てであり、このドラクマ換算額はむしろ増大してしまうからだ。このため、EU諸国や国際通貨基金(IMF)がギリシャに金融支援を行うと共に、ギリシャは財政引き締めによる物価引き下げという困難な経済政策運営を迫られている。

 20%近い物価引き下げは実現が困難だ。ギリシャには債務不履行のリスクがかなり残存しているとみるべきだろう。

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(日本経済研究センター 研究顧問)

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